#16 ユースワーク
若者の声が響き、
若者の影響力が発揮されることが、
日本の民主主義を育てていく。
社会福祉学部 社会福祉学科
両角達平 講師
両角達平先生は、若者の生活世界、若者政策、ユースワーク、北欧(スウェーデン)などをキーワードに研究活動を展開中。ゼミでは、若者の居場所(ユースセンターなど)や生活世界について情報収集を行い、オンラインで若者の居場所をつくり、若者の生活世界を発信するプロジェクトなどを進めています。両角先生に、ユースワークの意義や必要性について話を聞きました。
社会課題
日本社会の未来のために必要な、
ユースワーカーの取り組み。
日本では今、ひきこもり、不安定な就業、無業、孤立や貧困など、若者をめぐる多くの社会問題が生まれています。これらの問題を解決するには、個々の課題に対する施策を実践するだけでなく、若者の居場所をつくり、若者を包括的に支える社会的な支援体制をつくっていくことが求められます。そこで注目されているのが、ユースワークです。
ユースワークは日本ではまだ耳慣れない言葉ですが、以下のように定義づけられています。「ユースワークは、若者を子どもから大人への 移行期にいるすべての人と捉え、若者が権利 主体として自己選択と決定が保障される自由 な活動の場を若者とともに形成し、若者及び 若者と関わる大人やコミュニティ、社会シス テムに働きかける実践である(ユースワーカー協議会より)」。そして、若者に伴走する専門スタッフを「ユースワーカー」といいます。ユースワーカーは、若者の居場所づくりや地域参加などを通し、若者にかかわるスペシャリストです。ヨーロッパでは広く認知されていますが、日本においても、一部地域では取り組みが存在し、養成研修なども行われています。
ユースワーカーの取り組みは、ユニバーサル(普遍的)に若者と関わり応援するものであり、日本社会の未来をつくっていく上で欠かせない役割を担っています。今後さらに、ユースワーカーを中心に、ユースワークの考え方や価値観が広がっていくことが望まれます。
INTERVIEW
日本では、なじみの少ない「ユースワーク」とは。
最初に、ユースワークとはどういう概念か、教えてください。
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両角
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ユースワークの定義は社会課題のコラムで紹介しましたが、もう少し簡単にいうと、若者と関わる活動の総称です。若者と関わるものであればなんでも含まれるのですが、学校教育はユースワークになりにくいです。どうしてかというと、学校での活動は「義務的」なもので、若者が選んで参加しているわけではないからです。そのようにユースワークで一番大事にされているのは、若者の自己決定(参画)で、若者がやりたいことを支援することです。したがって、学校や労働や家事以外の余暇の時間での若者たちの活動とその支援がユースワークだと考えていただければいいと思います。具体的に言いますと、若者の居場所の確保、余暇の保障などもそうですが、よりニーズが顕在化している学習支援や就労支援、ひきこもり支援、さらに若者の声を社会に伝える意見形成・参画の支援、そうしたものがすべてユースワーク的な取り組みになります。古くは、欧米からきたYMCA、ボーイスカウト、ガールスカウトなどがユースワークとして日本に輸入され実践が展開されてきましたが、近年では若者のニーズの多様化を受けてこのようにユースワークの幅が広がっています。
学校以外の場所、というところに意味があるんですね。
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両角
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よく「サードプレイス」という言い方をしますよね。ファーストプレイス(第一の場所)は家庭、セカンドプレイス(第二の場所)は学校、サードプレイス(第三の場所)はそれ以外となります。第一の場所も第二の場所も、若者が選んでいるわけではない。だから、第三の場所には価値があるし、ユースセンターなどの若者の居場所の価値がすごく大事になります。
先生はユースワークについて、どのような研究を進めていらっしゃいますか。
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両角
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日本では、ユースワークそのものの認識や社会的認知度はそれほど高くありませんが、北欧をはじめとしたヨーロッパではユースワークが社会的に認知されていて、実践されています。たとえばスウェーデンなどでは、各地に若者の居場所として「ユースセンター」が設置されていて、若者団体が余暇活動を行っています。こうした活動に着目し、スウェーデンを中心に、ヨーロッパのユースワークについて知識を深め、若者政策や若者の社会参画について、日本との比較研究を行っています。
自尊心も社会への関心も低い日本の若者たち。
ユースワークの視点から、日本の若者についてどのような問題意識を持っていますか。
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両角
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日本では、子どもから大人になる過程で、ある程度の人生のレールが敷かれていると言われてきました。子どもの頃からみんな学校へ行って、宿題して、塾に通って、部活して、と、やることがいっぱいありますよね。そして、高校から大学へ進んでアルバイトに精を出し、新卒一括採用の就職試験を受ける。企業人になれば、働いて車を買って、結婚して、家のローンを組んで、教育費用を稼いで、子どもを育てていく。こういう日本型の古い移行ルートは、かつてほど主流ではなくなり、複線化しましたが、今でも残ってはいます。昭和世代ほどその過程においては、「自分の意志でそれをやるんだ」という自己決定をほぼしなくても、生きていけたわけです。
確かに、多くの日本人が日本型の移行ルートを歩いているのかもしれません。
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両角
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自分で決めないで大人になっていくので、みんな、なんとなく自信がないし、自尊心や自己肯定感も高くない。選挙や社会への関心も低く、公共への信頼も失われている。「自分が参加しても社会は変えられない」と思っている若者が多いというデータもあります。他にも、日本の若者は政治的な有効性感覚、つまり、自分が働きかけたら何かが変わると言う意識が低いという結果が出ています。そこに、大きな社会課題があるように感じています。また、日本型の移行ルートにはまらない人にとって、一回ルートから外れてしまうと、しんどい状況に追い込まれてしまう。そのことが多くの若者にとって負担になっていると思います。
既存の移行ルートにはまらない人も出てきている、ということですね。
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両角
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そうです。たとえば、不登校というのもそうですし、仕事で病んでしまう人もいますし、転職も普通のことになってきました。ということは、「自分で人生を決めたいんだ」ということに気づき始めている若者も増えてきているのだと思います。そもそも日本のある研究で、「自己決定が個人の幸福度に与える影響はとても高い」という調査報告があります。学歴や所得よりも、本人が自分で人生を決めて歩いていることの方が大事だし、幸福度に影響を与えているということです。
自己決定を尊重する、スウェーデンの若者政策。
先生が研究しているスウェーデンでの若者政策について教えてください。
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両角
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たとえば、日本人の大学入学の平均年齢は18歳ですが、スウェーデンでは24歳です。つまり、大人になって大学に行く人が圧倒的に多いわけです。その背景には、時間のゆとりがあるからです。スウェーデンには塾や部活もないので自分がやりたいことをしっかり考える時間の余裕があります。本当の意味で余暇や隙間の時間に、自分のやりたいことをやるし、ボランティアをしようという発想も生まれるし、旅に出ることもあります。自発的に、遊びや無駄なことも含めて、本当の意味で自分の人生にとって価値のあることは何かということを追求できる「若者期」が保障されています。
スウェーデンでよく見られる就学・就業のスタイルはどのようなものですか。
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両角
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スウェーデンを含むヨーロッパでは、20代は就学と就業を繰り返し、自分の生き方を探求しながら、30歳くらいでようやく安定職につくのが一般的です。そういうことが可能なのは、手厚い生活保障があるからとも言えます。スウェーデンでは、大学も学費が無料で、大学生になると奨学金という形で月4万円がもらえます。
学費無料というのはうらやましいですね。
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両角
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はい。スウェーデンは税負担を再分配して、社会保障を国民平等でやっていこうという政策を選択した国です。社会保障の国民負担率が5割超えと高くなりますが、税金の使い道の透明性が確保されています。だから、納税者は政治を監視しますし、労働して税金を払うことで、本人の人権が保障される制度から還元を受けることも理解しています。一方、日本も社会保障の国民負担率は4割超えと決して低くないわけですが、税金の使い道が明らかにされない部分に問題があるように思います。
若者をはじめ、あらゆる人の声を反映していく社会へ。
ユースワークの実践は、日本ではまだまだこれからのように感じます。
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両角
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そうですね。こども家庭庁ができて、こども・若者の意見を尊重し、意見を政策に反映することが義務づけられるようになり、それは良い流れだと思います。さらに、これからの社会を考えると、新しい世代の声をはじめ、あらゆる世代の人の声を反映していくところまで発展していかないといけないと思います。
そのためには、どういった取り組みが必要でしょうか。
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両角
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ユースワークの考え方や価値観がもっと広がっていけばいいなと考えています。根底にあるのは、若者が自分で決めて、その意見が社会に反映される、というすごくシンプルなものであり、それはとてもいいことですよね。この大学でやっている一部のプログラムも、この知多半島で行われている活動のなかにも、ユースワークと名乗っていないけれど、ユースワーク的な取り組みがいっぱいあります。そういう形でユースワークがいろいろな方面に広がっていけば、若者はもちろん、若者以外のあらゆる年齢層やさまざまな立場の人が対話して、互いに理解していくようになると思います。そういった活動が、本当の意味での民主主義を、この国で育てていくことにつながるのだと考えています。
名古屋市子ども・若者総合相談センターのチャレンジ
名古屋市子ども・若者相談センターは、市より委託を受けた、一般社団法人草の根ささえあいプロジェクトとNPO法人起業支援ネットのコンソーシアムにより、2013年開設。0歳から39歳までの子ども・若者を対象に、さまざまな相談支援業務を行っています。
子ども・若者がその人らしい人生を生きることを応援する。
名古屋市子ども・若者総合相談センターでは、子ども・若者とその保護者の困りごとをなんでも引き受け、さまざまな支援活動を行っています。相談者でもっとも多いのは、20歳未満の子ども・若者とその保護者たち。多く寄せられる悩みごとを複数回答で見ると、①親子関係 ②不登校 ③発達障害 と続きます。親子関係では、子どもが親から成功体験を押しつけられて苦しんでいたり、反対に虐待やネグレクトを受けているなど、多様な問題が浮かび上がります。
こうした問題に対応するために、同センターでは社会福祉士、公認心理師などさまざまな資格をもつ相談員を配置。相談員は相談内容に応じた支援を行なっています。地域の社会資源につなぐ際は相談員も同行し、その後も継続して見守っています。たとえば、発達障害のある人には、見立てが適格で、相性の良い医師のいる医療機関を。親と距離を置いて一人暮らししたい人には、敷金・礼金なども考慮してくれる不動産会社を。不登校の若者には本人に合った学びの方法を一緒に考えるなど、それぞれの事情を見極めながら、丁寧な支援を行っています。
若者の居場所づくりやLINE相談も。
同センターに相談に来るのは、子どもより保護者の方が多く見られます。そこで、子どもたちのSOSを直接拾い上げることはできないかと、運営を始めたのが交流スペース「もいもい」と「LINE相談」です。どちらも、対象者は15歳から39歳の若者たち。「もいもい」は受験勉強に励む高校生やサークル活動の準備を行う大学生などが集まり、家でも学校でもない第3の居場所として活用されています。相談員はそれらの活動を見守るなかで利用者と信頼関係を築き、悩みの相談・解決につなげています。LINE相談では相談へのハードルを下げることで、「だるい」「死にたい」といったつぶやきを受け止め、会話を重ねています。すでに、LINEの友達登録数は4000人以上。相談者は誰にも言えない気持ちを吐き出すことで、次第に落ち着き、穏やかな気持ちを取り戻していきます。
こうした活動を通して、相談員たちが大切にしているモットーは「専門性よりも関係性」。自分たちの専門職のノウハウにこだわることなく、相談者との関係を丁寧にしっかり紡ぐことで、一人でも多くの人の自立や社会参加をめざし、その人らしく生きていくことの応援をしています。また同センターは、令和6年度より名古屋市の委託を受けて、困難を抱える学生・若者へ、食料や生活用品を届けるモデル事業にも参画。支援物資をアウトリーチ型で提供するとともに、さらに必要な相談支援へとつなげるよう取り組んでいく方針です。
- 社会福祉学部 社会福祉学科
- くらし・安全