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♯12 家庭内事故

住む人の健康と安全を守るために
建築ができること。

健康科学部 福祉工学科

村井 裕樹 准教授

村井 裕樹 准教授の主な研究分野は、福祉住環境と建築防災。人を主役にした福祉住環境について研究を深め、超高齢社会を見据えたバリアフリー設計などについて有益な提言を行っています。
家庭内事故には、浴室での不慮の溺死・溺水、居室や階段などでの転倒・転落・墜落事故などいろいろありますが、今回は転倒のリスクに焦点を絞り、話を聞きました。

社会課題

「骨卒中」と家庭での転倒事故。

 高齢者の健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)を考える上で、注目されているキーワードの一つに「骨卒中」があります。これは、脳卒中と同じように、骨折が命を脅かすという意味です。年齢とともに骨の量が減少すると、ちょっとした転倒でも骨折しやすくなり、骨折を繰り返すと要介護状態や寝たきりになってしまいます。とくに大腿骨や背骨を骨折すると、余命が極端に短くなることがわかっています。
 では、高齢者の骨折がどこで発生しているかというと、最も多いのが家庭内です。厚生労働省のデータによると、家庭内事故の合計13,352件のうち、65歳以上の事故は11,723件で87.8%。このうち転倒・転落・墜落事故は2,486件で、これも65歳以上の人は2,184件で87.9%を占めています(厚生労働省人口動態調査より 調査年2021年※)。家庭内事故を防ぐことは、高齢者の転倒による「骨卒中」を予防し、健康寿命を延ばす上でも重要な課題といえます。

INTERVIEW

加齢による身体変化を見据えた建築の必要性。

最初に、先生と福祉住環境の出会いについてお聞かせください。

村井

きっかけは、大学の授業でした。大学で建築を学んでいて、建築構造を専門にしようと考えていました。でも、4年生の前期でたまたま福祉住環境の授業を受けて、こんなに面白い世界があるのかと感銘を受けました。というのも、それまでの授業では、図書館や美術館、住宅の建築計画手法などについて知識を吸収していました。ところが、福祉住環境は知識を得るというよりも、問題解決の授業だったんです。日本の住宅や都市は、高齢者や障害のある人にとってトイレに行くのも大変だったりして、非常に生活しにくい。その人たちに対し、我々建築に関わる者はどうしていくべきかを探求していくところに大いに惹かれました。

人を主役にして、建築を考えていくというわけですね。

村井

そうです。人の生活の変化に合わせて、最適な住環境を考え続けていくという取り組みが、とても面白いと思いました。いわゆる人間工学というか、身体の機能や老化を踏まえて建築を考えていくわけです。その当時、私が恩師から学び、今も学生たちの指導に使っている資料に、加齢に伴う身体機能の変化を示したグラフがあります。人は生まれてからどんどん身体機能が上がってピークを迎え、そこから加齢とともに身体機能は穏やかに衰えていきます。日本の建築は長い間、ピーク時の身体機能に合わせて考えられてきたんですね。建築がもっと身体機能の衰えに対応していけば、生活できる範囲が広がり、介護の負担も軽減できます。人を理解した上でハードを設計していくのが、福祉住環境の基本だと思います。

家庭内の転倒事故はなぜ起きるか。

家庭内の深刻な事故として、転倒・転落があります。
これが起きやすいのは、どんな場所でしょうか。

村井

一つは、小さな段差ですね。昔ながらの家では、フローリングと畳部屋の間にも段差がありますし、浴室と脱衣室の境にも段差があります。最近は段差の多い危険な住宅は少なくなってきましたが、それでも家の中で転倒・転落が原因となる死亡事故の数は決して少なくなっていません。また、日本の住宅の階段も急なので、転落のリスクがあります。実は私の祖母も階段の最後の3段くらいで滑り落ちて骨折したことがあります。最後の数段で安心してしまったか、下りた後のことに意識が向いてしまったのかもしれません。

ちょっとした油断が、事故につながるというわけですね。

村井

ええ。自分の家で過ごすときは、外出しているときに比べると、やっぱり気が緩むというか、注意力が落ちてしまうんですね。そうすると、どうしても事故が起こりやすいのだと思います。そして、高齢者が転倒すると、非常に深刻な事態を招きます。高齢者の骨折は治るまで時間がかかることから、一気に体力が衰えます。また、骨が脆くなっているため、骨折を繰り返すケースもあり、最悪の場合、寝たきりになってしまいます。住まいの転倒・転落は、健康寿命に大きな影響を与えるものだと思います。

段差や階段以外でも、転倒することもありますか。

村井

実は、フラットな床でも転倒事故は起きています。2021年の厚生労働省の「家庭における不慮の事故による死因」の統計データを見ると、「スリップ、つまずき及びよろめきによる同一平面上での転倒」が1,521人に上ります。どうして同一平面上でも転倒事故が起きているかというと、それは家の中にモノがあふれていて、それにつまずくからなんですね。床の上には、コンセントにつながる家電製品の電源コードがあったり、カーペットの端がめくれていたりするでしょう。そこに引っかかって転倒したり、つまずいたりします。そこで、伝えたいのは「整理整頓」の重要性です。たとえば、ビニールが一枚落ちていると、そこに足を乗せて滑ることもあります。整理整頓は、誰にでもできる転倒予防の一つです。

住む人の豊かな生活に思いを馳せる大切さ。

- 転倒・転落事故を減らすために、建築ができることはなんですか。

村井

身体機能の衰えに対応して、段差をなくしたり、手すりをつけたり、車いすでも通れるように廊下の幅を広げたり、バリアフリー化を進めることで、住まいはもっと安全になると思います。バリアフリーはもともと、障害のある人が社会生活をしていく上でバリア(障壁)となるものを除去するという意味です。バリアフリーは安全を求める設計なので、バリアフリー化した建築や都市は、高齢者や乳幼児、障害のある人だけでなく、健常者にとっても過ごしやすくなります。たとえば駅のエレベーターは、大きな荷物を持った旅行者にとっても便利な設備です。バリアフリー化はすべての人により良い生活環境をつくるというところがとても重要なポイントですね。

住まいのバリアフリーを進める上で大切なことは何でしょう。

村井

どうすれば、住む人の生活が豊かになるかを考えることだと思います。私がよく学生に話すことは、トイレの話です。ある高齢者が自分の部屋からトイレに行きたいんだけど、家がバリアフリー化されていなくて、家族を呼ばなきゃいけないと。そうすると遠慮してしまって、我慢することになりますよね。それが、段差をなくしたり、手すりをつけたりすることで、誰も呼ばずにトイレに行くことができます。自分で自由にトイレに行くことができたら、その人はどれだけうれしいだろうか。そのことを考えてください、と学生には話しています。そこまで想像力を働かせて考えることができて、初めてバリアフリーですし、家庭内の事故の低減につながると思います。

最近は、介護が必要な人のためのバリアフリー改修も普及してきました。そこで、大切なのはどんなことでしょう。

村井

先ほどトイレの事例で話したように、自分でできる範囲をどうやって広げていくか、ということだと思います。日本人って、人様に迷惑をかけたくないという発想があるので、家族に頼むのはやっぱりちょっと遠慮しがちになります。でも、自分で選択して手を洗ったり、冷蔵庫からジュースを取り出すことができれば、自分の尊厳を守って暮らせます。介護のためのバリアフリー改修では、そんな自立した生活を支援することが重要なポイントだと思います。

災害に備え、避難安全のバリアフリー改修を。

住まいのバリアフリー化は、これからどこまで進んでいくでしょうか。

村井

バリアフリーの考え方がハウスメーカーや工務店などの間で浸透してきたため、バリアフリーはこれからの住まいの基本仕様になっていくと思います。その一方で、住まいに、段差などのバリアをある程度残した方がいいという考え方もあります。バリアフリー化を進め過ぎると、住む人に負荷がかからず、身体機能が低下するというのがその理由です。でも私は、住宅はなるべくバリアフリーにした方がいいと考えています。住まいはなんといっても、住む人がいちばんリラックスできる場所でなくてはならないからです。住まいをノンストレスな環境する一方で、家の外や庭に出たくなるような設計を心がけています。外に出れば当たり前のようにバリアがあるし、バリアと遭遇するのは家の外であればいいと思います。また、外に出れば、地域の人との触れ合いも生まれ、高齢者にとっていい刺激になると思います。

これからの住宅のバリアフリーの展望をお聞かせください。

村井

私の専門分野は福祉住環境と建築防災ですが、実は火災発生の一番多いのは住宅なんです。日本の住まいは木造が多いですし、火災などの災害に弱いんですね。何か起きたときは逃げないといけないわけですが、高齢者はどうしても取り残されてしまいます。その人たちを守るには、日常のバリアフリーだけでなく、非日常のバリアフリー化を進めなくてなりません。先ほど申し上げた、外に出やすい設計というのも、災害時の逃げやすさにつながっています。また、この問題は、建築だけで解決できるものでなく、行政や地域社会と連携して、一戸建て住宅に住んでいる高齢者や障害者の安全を守っていくか考えていかなくてはなりません。日常のバリアフリーから非日常のバリアフリーへとテーマを広げ、人の健康や安全を守る建築を追求していきたいと思います。

(株)Magic Shields(マジックシールズ)のチャレンジ

転んだ時だけ柔らかい置き床「ころやわ」の製造・販売を手がける、マジックシールズ。「ころやわ」の普及を通じて、高齢者の転倒による大腿骨骨折という社会課題の解決をめざしています。

独創的な床材「ころやわ」で、
転倒骨折から高齢者を守る。

(株)Magic Shields(マジックシールズ)

静岡県浜松市中央区鍛冶町100-1 ザザシティ浜松中央館 B1F・FUSE

https://www.magicshields.co.jp/

普段は歩きやすい硬さで、転倒すると衝撃を吸収。

 高齢者の転倒骨折は寝たきりや要介護の原因になり、大きな社会問題になっています。この難問を解決するために、マジックシールズが心血を注いで開発したのが、歩く時は硬く、転倒時には衝撃を低減する画期的な床材「ころやわ」です。

「ころやわ」は、内部に大きな負荷がかかった時だけ潰れる可変剛性構造体を採用。普段は歩きやすい硬さで車いすを使うことができ、衝撃が加わった瞬間だけ形状が変化して硬さを変え衝撃を低減させるという、理想的な仕組みを実現しました。

普段は硬くて歩ける緩衝フロア 「ころやわ」

開発でとくにこだわったのは、単に衝撃を吸収するのではなく、本当の意味で「骨折を予防する性能」を確保すること。そのため、どれほどの力を加えると、大腿骨骨折につながるかという医学的データに基づき、素材の特性を追求。名古屋大学などの協力を得ながら、骨の模型を使って繰り返し実験を行い、骨折を予防できるという確信を得た上で商品化に着手しました。また、開発当初は10㎝あった厚みを、商品化する時は2㎝まで縮小。さらにその後も改善を続け、今では1㎝の薄さを実現し、より使いやすくなりました。

画像引用:(株)Magic Shields
https://www.magicshields.co.jp/
「ころやわ」の普及を通じて、高齢者と介護者に安心を届けたい。

 「ころやわ」のマットは現在、主に医療機関や介護施設に納入され、転倒リスクの高い患者や入居者のベッドサイドに置かれています。現場からは「こんな床材がほしかった」「転倒骨折のリスクが減ったので、スタッフが安心して働けるようになった」「スタッフの業務負担も軽減された」と喜びの声が届けられています。高齢者のために開発された床材は、その高齢者を支える周囲の人々の安心にもつながっています。

「ころやわマット」(薄型マットタイプ)

 同社の今後の目標は、「ころやわ」を早く広く普及させ、一人でも多くの高齢者を転倒骨折のリスクから守るとともに介護者の負担を軽減させることです。「ころやわ」はマットタイプのほか、部屋全体に敷き詰めるタイプもあります。新時代の建材として、一般家屋や介護施設などの新築・リフォームに利用されることをめざし、製品の品質、価格、デザインなどすべての面でブラッシュアップを進めているところです。また、高齢化の社会問題は日本だけのものではありません。同じように高齢化が進む欧米諸国のニーズに応え、グローバルな展開にも挑戦していこうとしています。

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