「散ったあなたの形見の坊や、きっと立派に育てます。」日本の軍国歌謡「皇國の母」の最後の一節だ。戦地に行った夫を偲ぶ妻の心情を歌った悲しい歌だ。私の目をまっすぐ見て静かに歌ってくれた簫さんの表情を私は一生忘れることはないだろう。 私は春休みに、日台文化交流青少年スカラシップ団の一員として、台湾を訪れた。簫さんにお会いしたのは、その滞在中に友愛会の方々と会食したときのことだった。友愛会は、日本統治下で子供時代を過ごした台湾の方々が中心となって、美しい日本語を守るために結成された会だ。簫さん自身も本当に流暢な日本語で、日本統治時代の台湾を語ってくれた。 「僕たちは、日本人として育てられたんだよ。」幼い頃から、学校でも当たり前のように日本語や日本史を習った簫さんにとって、日本は台湾と同様に祖国であったと言う。戦時下には台湾人の多くの若者が日本兵として志願し、戦地に向かった。簫さんも、実際に出征こそしなかったものの、海軍の少年航空隊に志願していたそうだ。 衝撃だった。台湾にもかつて日本人と心を共にし、日本人として戦時を生き抜いた人々がいたのだ。簫さんの戦時下の台湾の話は、祖父や曾祖父から聞いた日本国内の戦争の話と重なる。「統治下」の意味の重さとともに戦争の悲惨さを改めて痛感した瞬間だった。 戦争と忘却。人間がずっと繰り返してきた過ちだ。戦後七十数年が経ち、再び「忘却」の波が広がりつつあると実感した。私が戦時の「台湾」を知らなかったように、戦争やその悲惨さについて、多くの日本人が忘れかけているのではないだろうか。 過去をもっとよく知り、そして簫さんのメッセージを聞いた一人の日本人として少しでも多くの人に伝えていく。微力ではあるが、「忘却」という負の連鎖が繰り返されないために、今の私にできることをしていきたい。
文化交流に参加して台湾を訪れ、簫さんと出会った時に作者が感じた衝撃を素直に書き、エッセイとしてしっかり表現しています。簫さんが歌った日本の軍国歌謡の一節から始まる書き出しも効果的です。 自分が体験して感じたことや、参加するまで知らなかったことを、負の連鎖を繰り返さないために伝えていきたいという作者の強い意思を評価して優秀賞に選びました。ぜひ、実行していってください。