「いつも通りアップでバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロール!」 コーチに言われてヘトヘトになりながらもメニューをこなす土曜日は私にとって当たり前すぎる時間だった。 小学校六年生の時、耳の調子が悪く、大きな病院へ行くと病気であることが分かった。その診察の一か月後に手術を行うことが決まり、当然泳ぐことも禁止された。病気や手術内容を調べてみると、もう泳げなくなってしまう可能性があることを知り、その時初めて(私は競泳が好きなんだ。もっともっと泳ぎたいんだ。)と強く思った。 次の診察で主治医の先生に、「私泳ぐことが好きなんです。また泳げるようにしてください。」と頼み、あとは信じるしかなかった。 手術から数か月後、「もう泳ぐことも出来ますよ。」私が待ちに待った言葉を先生から伝えられた。嬉しくて涙が止まらなかったし、その日のお風呂では何度も水に潜ったりもした。 そしてとても久しぶりの練習当日、鈍っているであろう自分にとても緊張していたが、水に入った瞬間のあのひんやり冷たい感覚、厳しいコーチのメニュー、周りの友達、何もかもが懐かしくて、そして新鮮だった。 それまで、私にとって競泳はただの習い事でしかなく当たり前のもの。毎週土曜日に必ずやること。それだけの存在に過ぎなかった。でも、病気になりその当たり前を失ったことで、当たり前であることの幸せ、そして何より競泳というスポーツの楽しさを体全体で知ることができたのだ。 この経験がなかったら私は知らなかったかもしれない。この世に当たり前のことなんて何もないということ。だから当たり前と思えることに感謝しなくてはならないということ。 病気が教えてくれました。ありがとう。
第2分野は「スポーツの体験を通して得たこと」をテーマにした作品が多い中で、スポーツだけでなく「病気」や「手術」をテーマにした視点が面白いと感じました。そして、自分が体験したことをきちんと書いているので、リアリティーがあります。 「当たり前」だと思っていたことが「幸せ」なことである、と感じた作者の体験や気持ちを素直に表現している点に好感を持ちました。まとめの「当たり前と思えることに感謝しなくてはならない」という部分に、この経験を通して作者が成長したことがわかります。