「あ、これはお兄ちゃんの足やろ。」 私の祖父は目が見えない。だから一度も私の顔を見たことはない。だけど彼はすごいのだ。少し足を触っただけですぐに誰の足なのか当てることができる。パソコンから聞こえるとても早口なコンピューターの声も聞き取れる。父が子供のころ、家の押し入れなどに隠れていてもすぐに見つかったそうだ。 また、祖父は音楽もしていた。祖父と同じように目が見えない人達とピアノやギターなどを弾いて音楽をしていたのだ。音楽がまったく出来ない私はすごい、なぜ出来るんだろうと思っていた。 今ではスマートフォンの音声機能を使って私と一緒にLINEでやり取りすることも出来る。初めは慣れていないこともあり、変な文章になったりもしたが、今では「元気ですか。」などお互いの出来事を伝え合うこともできる。 祖父はよく旅行に行く。祖母と共によく歩く。遊びに行った時には、いつも旅行の話をしてくれる。目と耳で楽しんでくる祖母と耳で楽しむ祖父。それぞれ話すことも少し違うのだ。それが非常に面白い。全ての事を耳で感じる祖父。その世界はどんな世界なんだろう。私達とは違う音が聞こえているのだろうか。私が、家族で縄文杉へ行った時、父が音を録音していた。「何してるの。」と聞くと「おじいちゃんに音、聞かせようと思って。」と言った。私は少し目を閉じた。近くの人の話し声、風の音、葉の揺れる音、湧き水の音。目を開けていたら気づかない小さな音たち。とても素敵だと思った。だけど少しだけずっと目を閉じていることは、見えないことは怖かった。やはり祖父はすごい。もっとたくさん私には分からない祖父の世界を知りたい。だからたくさん話をしよう。きっと全部が面白く素敵なことに聞こえるだろう。そして私も目で見たことを、私の世界を祖父へ伝えたい。さて、何から話そうかな。
作者が祖父をよく見て、細やかに観察していることを上手にまとめています。家族全員が普段から五感を総動員しながら祖父を思いやっている自然な関係が全体から伝わってきて、素晴らしい家族だと感じました。そして、スマートフォンの音声機能を使っていたり、縄文杉に行った時に音を録音するなど、現代のツールを使いこなしながら生活している点が丁寧に描写されており情景が浮かびます。光景や、その時の作者の気持ちが具体的に書かれていることも評価しました。