「人の人生は手を見たらわかる。」誰かが言ったのを聞いたとき、私は自分の手を見た。特にしわや傷もない小さな手、言わば何も感じられない手だった。 手だけで人生という大きなものを見い出すことなどできるわけがない。初めはそのことを信じられなかった。そう思いながらもその日から無意識に人の手を見てしまう自分がいた。 ふと祖母の手を見る。太くて、大きい、まるで岩のような力強い手。その手は祖母の人生そのものであった。あまり裕福ではない家庭に祖母は生まれ、中学を卒業するとすぐに食堂で働き、私と同じ年のころには仕事をしながらほとんど家事もこなしていたという。 祖父と結婚してからは、三人の子どもを育てるために朝から晩まで働いた。一生懸命に生きると人の手はこうなるのだと祖母の手を見て知った。もう一度自分の手を見る。やはり何も感じられない。思い返すと人生で頑張ったと誇れるものが何一つ無いことに気が付いた。それが私の手から何も感じられない原因であった。 祖母の手を触れてみる。見た目はあんなにごつごつしているのに、優しいぬくもりが私の手に広がった。 母を早くに失くした私は小学生のころは祖母の家で暮らしていて、母の代わりに私を宝物のように育ててくれた。多分祖母を傷つけるようなことも一杯言ったと思う。それでも祖母は優しかった。この手の温かさに私は何度救われてきたのだろう。 「昔はキレイな手だったんだけどね。」 祖母は自分の手をなでながら、恥ずかしそうにそう言った。それでも私にとって祖母の手は誰よりもキレイな手だと思った。いつかそんなキレイな手になりたいと思った。 「人の人生は手を見たらわかる。」やっとその言葉の意味を祖母の手から学んだ。今日も私は自分の手を見る。祖母のような人になり、祖母のようなキレイな手になりたい。
祖母との温かい関係が読者に伝わってくる、第一分野にふさわしい作品です。全体を通して作者が自分と祖母の手を見比べたり、祖母の手に触れる情景が浮かんでくる、と審査員全員から高く評価されました。 「その手は祖母の人生そのものであった」や、「見た目はあんなにごつごつしているのに、優しいぬくもりが私の手に広がった」といった描写を通して、祖母がこれまでどのような人生を送り、作者とどのように過ごしてきたかがしっかりと伝わる作品です。