1冊の本を差し出して彼女は言いました。 「この本、覚えている? 中1の時、私がどの本にしようか迷っていたら、ゆいが『これ、面白いよ、お薦め』って言ってくれたの。あのときはすごく嬉しかったわ、ありがとう。」 私は全く記憶になくて「本当に私?」とちょっとびっくり。3年も前のことでお礼を言われて、何だかくすぐったい感じがしました。 図書館の記憶をたどって思い出した、ある日の移動教室。小6の私は、昼食が遅くなり、教室で最後の一人でした。急いで廊下に出ると、何気なく友人が待っていてくれたのです。 「一緒に行こう。少し急がなきゃ、ね。」 私はとても嬉しかったっけ。その時の友人に急にお礼が言いたくなって、伝えてみました。 「あの時は、待っていてくれてありがとう。」 すると友人は、やはり、くすぐったそうな顔で、私と同じリアクション。「え?私?」 小さな親切やちょっとした優しい言葉って何だか不思議。かけた方はすっかり忘れてしまうのに、かけられた方はずっと忘れない。 私の学校では、多くの友達が、幼稚園から同じ学園で過ごしています。これはラッキー。だって、たくさんの「昔のありがとう」が、いつでも言えるもの。明日は、鉄棒のコツを教えてくれた低学年の頃のあの子に、あの時のお礼を言ってみようかしら。 今、私は1年5 組の級長です。相方の副級長がお休みだった今日は、帰りの会の進行も一人でした。忙しかった私に友達が一言。 「今日は一人でごくろうさん。」 緊張をふわっとほぐしてくれたこの言葉も、私はきっと忘れない。いつか友達に伝えよう、「あの時の『ごくろうさん』は、心に染みたよ。」って。ふふふっ、きっと忘れているだろうな。「え?」という顔を楽しみにしよう。 ずっと昔のありがとうって、言う方も言われる方もちょっと幸せになれるんです。これ、今の私の小さなブーム。みんなにも流行しないかしら、と密かに考えているところです。
体言止めをうまく使ってリズム感があり、イキイキとした文章になっていることが、このエッセイの魅力を高めています。過去と現在を「ありがとう」で結びつけて、具体的なエピソードをいくつも紹介することで、日常的な幸せを上手に表現していて、作者の素直な気持ちが伝わってくる点に好感を持ちました。終盤の「これ、今の私の小さなブーム」がかわいらしく、作者の気持ちが読者にも伝わって、楽しく読むことができました。こういう気持ちを、いつまでも大切にして欲しいですね。