「とんちゃん、おはよう。」 朝起きると必ずテーブルに弁当が三つ並んでいる。父が作った弁当だ。一番大きい弁当箱は、今年高校生になったばかりの弟の弁当。そしてコンパクトな私の弁当と、父のかわりに働くことになった母の弁当だ。父は家族の誰よりも早起きして、弁当作りに励んでいる。 今から二年半前、父は単身赴任先で突然倒れ意識不明となった。幸い命は取り留めたものの右半身麻痺の障害がのこり、利き手の自由が奪われてしまった。今もリハビリを続けているが、仕事に就くことは難しく、工夫をしながら家事をこなしている。 中でも弁当作りは重要な役割だ。もともと料理が好きだった父は、家族のために食事を作ることは楽しいようだ。毎朝チラシとにらめっこし「今日は、○○スーパーでキャベツが安い」などとチェックしている。思うように動かない右手と慣れない左手を使って、ぎこちないが、少しずつゆっくり時間をかけて作っている。 病気をしてから、自信をなくし表情が暗くなりがちな父のことを、わが家では親しみを込めて「とんちゃん」と呼んでいる。そして会話の語尾に「とん」を付けた「とんちゃん語」を取り入れている。 「これ、おいしいとん。また作ってとん。」 「はい、わかったとん。」 という具合に。すると、とんちゃんも笑い、私たちも笑う。 お昼に学校で弁当のふたを開ける時、とんちゃんの愛情を感じる。私は弁当を食べ残したことが一度もない。それが作ってくれた人への礼儀だと思う。毎日、当たり前のように弁当を持って出かけられることに幸せを感じる。そこには目に見えない父の努力がある。 「とんちゃん、おいしい弁当ありがとん。明日もよろしくとん。」
この作品はユーモアがあってとてもよい作品だと思います。まずいろいろな大きさのお弁当箱の描写から始まって、そのお弁当作りに励んでいるのはお父さんで、お父さんがお弁当を作っているのはリハビリのため……と、扉を二回開けると納得するという構成が秀逸です。また、題名の「とんちゃん弁当ありがとん」や、語尾に「とん」を付けた会話の部分もリズム感があってよいですね。作者の感謝の気持ちが、作者自身の独特な言葉で書かれている最終行をほほえましく感じました。