握った彼女の手は暖かかった。 姜日出(カンイルチュル)さんは16歳で日本軍に連行され、性奴隷被害者となった。 80歳の今に至るまで心と体の傷はいえることがなかっただろう。 私が韓国を訪れた時、姜日出さんは笑顔で迎えてくれた。みんなから「ハルモニ」と慕われている彼女は、おしゃれが好きな普通のおばあちゃんだった。 料理が好きで、初めて出会った私達に自家製のキムチをごちそうしてくれた。 私達が食べている姿を見て、嬉しそうにしていた。 その包み込むような雰囲気は、私のおばあちゃんと同じ匂いがした。 そして、ハルモニが私達に必死に伝えたことは、辛さや苦しみ、怒りではなかった。 「私はあなた達に泣いてほしいわけでも、あなた達を責めているわけでもない、あなた達若い人々が同じ被害にあわないように、二度と同じ歴史を繰り返さないように、 戦争のない平和な世界で生き抜いてほしい、それだけが私の願いです。」と何度も何度も目にいっぱいの涙を溜め、訴えてくれた。 彼女には、深い怒りもあっただろう。けれど、それを表わすのではなく、全ての人の幸せを願っている姿に感動した。 そして、愛情の深さを感じた。この時私は、彼女を一人の人間としてではなくヒガイシャ≠ニして捉えていた自分に気付いた。 この人と出会えた喜びが胸に込み上げ、涙が止まらなかった。この涙は彼女の痛みを思い、流す涙ではない。 世代や歴史、国、言葉を越えて今、この人と共に過ごせることの幸せを感じていた。 ここに、一生をかけて訴えている人がいる。ハルモニの願いを私の願いにしたい。 そして共に歩いていきたい。今を生きていきたい。 最後に、ハルモニは泣いている私を強く抱きしめてほほえんでくれた。 この時のハルモニの腕のぬくもりは、今でも鮮明に覚えている。 姜日出さんに、「出会えてよかった」そして「ありがとう」と心の中で呟いた。 彼女の姿そのものが私に生きる力を与えてくれた。
第二次世界大戦後、今も続いている「歴史」をテーマに、作者が正面から向き合って書いている点を評価しました。 重いテーマでありながら、抱きしめた時の腕のぬくもりや匂いといった五感を通した表現によって、ハルモニの優しさが読者にも伝わり、心温まる作品に仕上がっています。 ここに「なぜ会うことになったか」や、会った時の季節・情景などを加えると、いっそう印象深い作品になったと思います。