上肢,体幹および下肢の筋電図と関節角度の計測を用いた介護動作の分析
 <中間報告>

Electromyographical and biomechanical analysis of patient transfer action

    研究代表者 松井 健(福祉経営学部 助教授)
    共同研究者 小林培男(福祉経営学部 教授),
           岡川 暁(情報社会科学部 教授)
    
研究期間 2004年度〜2005年度

 

Abstract
  要介護者を仰臥位から座位へ変換する体位変換動作を連続的に行った際の,上肢,体幹および下肢における筋放電量ならびに関節角度を解析した.上肢筋は,体幹筋肉に比べて筋放電量が多く,体位変換動作において重要な役割を果たしていることが明らかとなった.動作の主要局面である,上半身の引き上げ局面では,体幹と大腿のなす角度が有意な変化(p < 0.05)を示したが,膝関節角度の変化はみられなかった.体位変換を10回繰り返した直後の心拍数は,安静値に比べて有意に高かった(p < 0.05).本研究で行った,体位変換を10回繰り返す動作は,介護動作における上肢,体幹などの筋持久力を高めるのに有用であり,また,数セット繰り返すことで,持久的なトレーニングとしても活用できることが示唆された.

【はじめに】
厚生労働省が平成15年に行った国民生活基礎調査a)によると,65歳以上の者のいる世帯は1727万3千世帯(全世帯の37.7%)であり,そのうちの723万世帯が65歳以上の者のみの世帯となっている.65歳以上の者のみの世帯は,毎年増え続けており,老老介護の割合がさらに増加していくことが懸念される.厚生労働省の調査(平成12年の介護サービス世帯調査)b)では,介護を行っている者のうち約70%が50歳以上であることが報告されており,このことを裏付けている.また,厚生労働省の平成13年度国民生活意識調査c)によると,同居している介護者の介護時間が半日から終日に達している者の割合が平均で約4割に達している.この割合は介護度に比例しており,要介護5の者への介助では,7割以上に及ぶ.つまり,介護保険制度によるサービスの満足度が高まっても,同居介護者の介護負担は減少していないことを示している.
時岡と高田1)は,自宅での介護経験が1年以上の者を対象に調査した結果,9割近くが腰痛を訴えていたことを報告している.医療・福祉施設の現場でも腰痛は問題視され,介護者の疲労度や身体的負担度が大きいことが認識されている2-6).施設によっては体幹の筋力トレーニングを行い腰痛の予防を実践しているところもある.このように高齢介護者が増加する中,介護者の生体負担,とりわけ腰痛の問題は今後もクローズアップされると考えられる.しかし,介護動作時の生理学的パラメータの変化から動作を分析し,動作反復時の変化を検討した報告はほとんど見られず,動作負担の増加と筋疲労などの生理的指標の関連性は明らかにされていない.
そこで,本研究(中間報告)では,体位変換動作を反復した際の上肢,体幹および下肢における筋放電量ならびに関節角度の変化を解析し,動作の特徴を明らかにすることを目的とした.

 

【方法】
1)被験者
被験者は,健康な成人男子6名とした.被験者は,日常的な介護従事者ではなく,また,体位変換動作の支援経験がほとんどない者であった.被験者の年齢は,23.5±8.6歳,身長は,173.4±6.4cm,体重は,69.2±10.5kgであった.十分に研究および実験の内容を説明した後,各被験者から参加の同意を得た.
2)測定項目
 測定項目は,表面筋電図,動作中の体幹と大腿のなす角度(以下,体幹−大腿角度),膝関節角度および心拍数とした.
表面筋電図は,三角筋,上腕二頭筋,橈側手根屈筋,腹直筋,脊柱起立筋(腰椎レベル),外側広筋,前脛骨筋の7箇所から得た.これらは全て右側(右腕,右脚,右腹背部)を対象とし,全ての時間帯で測定した.生体信号用マルチテレメーターシステム(WEB5000:日本光電社製)を用いて導出した各箇所の筋電信号をA/D変換装置(PowerLabシステム:ADInstruments社製)を介してパソコンに取り込み,後の筋電図解析のために記録・保存した.保存した筋電信号を全波整流して積分し,筋電積分値を求めた.積分区間は,上腕二頭筋の放電が始まる時点から,膝を支えていた左腕が身体から離れるまでとした.なお,筋放電量の解析に際しては,被験者間の動作時間の違いや複合的な動作であることを考慮し,1秒あたりの積分値(iEMG/sec)として算出した.
体幹−大腿角度ならびに膝関節角度は,被験者の体位変換動作を左側方から撮影したビデオ映像から,上半身の引き上げ局面について分析した.
心拍数は左手の橈骨動脈の脈拍計測を行い,安静時および動作終了直後に椅座位にて測定した.
3)実験手順
 椅座位安静測定終了後,被験者は,ベッド(高さ52.5cm)の左脇に立ち,体位変換の支援対象者(健常な成年男子,身長179cm,体重79kg)の左方から,験者の合図とともに,体位変換動作を行った(図1).一回の動作が終了してから数秒後に,再び験者の合図で動作を行った.動作を繰り返すテンポ(ペース)は,被験者に一任し,同じ動作で10回繰り返すよう指示した.10回の動作の所要時間は2〜3分であった.

 


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