現地若手研究者対象の地理情報システム研修
  Health Mapperから市販の地理情報システムに乗り換える方向へ戦術を転換することとし,TNTmips(MicroImages社, Nebraska, USA)と呼ばれるシステムを採用した.2004年2月には,当システム及び地理情報システム一般について,Ruhuna大学の若手研究者を対象に研修を行った.スリランカのGalle及びHumbantota Districtの保健衛生行政地図のベクトル化を彼らの手で実施できる体制を整えた.同時に,フィラリア症感染者の両Districtでの分布調査の詳細な打ち合わせを行い,ベクトル化と並行してこの調査を実施できる体制を整えた.調査データのデータベース化および地理情報システムへの取り込みと分析については,日本−スリランカ間で電子メールを使って相談できる体制を整えた.

Ruhuna大学での進行状況
2004年2月以降,前記研修を受けたRuhuna大学の若手研究者Dr. Thishan Channa Yahathugodaを中心に次のような作業が進められた.

1) GalleおよびHumbantota Districtの保健衛生行政地図のベクトル化
 両Districtの行政地図(District内の数百のGrama Niladhari Divisionsの境界とDivision IDを記したもの)をscanningし,電子化してラスターデータとして地理情報システムに取り込んだ.このGrama Niladhari Divisionsというのは“村”と呼ぶのが適当と思われる規模の行政単位である.このラスターデータをマウス操作でtraceし,ベクトル化し,Division IDの表と連結する作業を完了した(Attachment作業).
2) 郵送アンケート方式によるフィラリア症感染者の分布調査
 各Division内の3種類の指導者,Grama Seveka, Samurdhi Niyamaka 及び Gravi Niyamakaを対象に郵送アンケート方式での調査を実施した.調査の主要な内容は当該Divisionでの象皮病患者数と陰嚢水腫患者数を問うものであるが,トイレや家の状態など経済状態を問う項目も含まれている.各Divisionからそれぞれ千数百件の回答を得た.これらの回答はすべて1回答者からの回答を1レコードとして表計算ソフト内に整理された.

スマトラ沖地震による津波によるプロジェクトの停滞
2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震による津波災害が本プロジェクトの進行に大きく影響した.Ruhuna大学の所在地Galle市はこの津波に襲われ,極めて甚大な被害を被った.被災直後から同市の医師は開業医,臨床医師,大学の研究者を問わず全て被災者の救護活動に長期にわたり動員された.また,本プロジェクトを中心になって進めてきた前記Dr. Thishan Channa Yahathugodaも全ての家財を流失するという被害を受け,研究への復帰が遅れた.2005年2月には再度スリランカを訪問し,研究成果をまとめる予定でいた日本人グループは,スリランカの混乱した交通事情,社会情勢を勘案して,訪問を本年夏以降に延期せざるを得ない事態となった.本研究は当初の予定より半年以上の停滞を余儀なくされたることになる.

 

まとめ
 本研究報告が通常の報告に比し異例の形態,内容となっているのは,上記のような事情から研究を総括する極めて重要な段階で停滞せざるを得なかったという事情による.とはいえ,現段階でできうる限りの総括をしておくのは義務であろうと考える.

  1. スリランカの医学研究者を対象に地理情報システムの普及のための素地を作るという当初の目的は,研修活動により目的を達したと考える.
  2. 地理情報システムのさらなる普及には,その威力,有効性をスリランカの医学研究者が自ら体験することが重要であると思われる.そのためのいわば練習問題としてフィラリア症感染者の分布調査を位置づけることができる.この調査活動の成功の体験が,同システムの更なる普及につながるものと思われる.
  3. WHOも医学,医療行政の分野での地理情報システムの重要性に気づき,独自のシステムHealth Mapper を開発し,普及を図っている.しかし,このシステムは市販のソフトに比し非力の感を免れない.同システムの改善を働きかけていく必要がある.
  4. 市販の地理情報システムは極めて高価で,開発途上国の研究者にとっては現実的には利用することは不可能である.現に今回のプロジェクトにおいても,TNTmipsのライセンスを日本の研究者からスリランカのcounter partに貸与せざるを得なかった.この点からもWHOのシステムの充実が強く望まれる.
  5. スリランカの研究機関にあってはパソコンを使っての作業は基本的には秘書や技術員の仕事とされているように見受けられる.研究者自ら長時間にわたりパソコンに向かいデータ入力や解析に従事するという文化はないようである.しかし,地理情報システムのような新しく,複雑なシステムを用いての作業は研究者自ら手を下す必要があり,このような文化,習慣の克服が課題となる.
  6. 地理情報システムを利用する研究の基礎には信頼できる地図情報(印刷形態であれ手書きのものであれ)が不可欠である.現地で入手できる地図情報にはこの点で不安が残る.我々のMatara Districtでの体験では,現地の行政機関から入手した,作成者も作成時期も不明の手書きの地図が唯一の頼りであった.後にこの地図がかなり古いものであり,行政区画の現状との間にいくつか乖離が見られることが判明した.基礎とする地図情報がどこまで信頼できるか見極めながら作業を進める必要がある.

 

 

 

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