災害弱者向け避難支援情報システムの研究開発

後藤 順久(福祉経営学部教授)
 宮川 清一(株式会社NTT・ドコモ東海 モバイルマルチメディア推進本部課長)
 高橋 啓生(株式会社NTT・ドコモ東海 岐阜支店ビジネスソリューション部課長)

 

1.はじめに
 2000年に発生した東海豪雨で避難が遅れた被害者の中には,聴覚障害者が多く含まれていた.彼らに対する情報の伝達手段が十分でなかったために,災害時に避難の遅延という問題が顕在化し,その解決が求められている.被災後,ボランティアの献身的な活動と携帯電話による情報収集が効果を上げたことが報告され,災害弱者への的確な情報提供と災害弱者からの収集が是非とも必要だと証明された.
 日本では台風・水害だけでなく,海溝型地震や直下型地震による大規模災害の危険性も指摘されている.それに伴い,行政は災害弱者支援対策マニュアルなどを作成し,災害弱者に対する支援策を積極的に講じようとしている.そのマニュアルの中では,災害弱者向けの情報伝達体制を形成し,適時に正確な情報提供を行うことを明文化している.行政のマニュアル上に記載されている災害弱者への情報伝達,避難誘導などでは,同報無線,文字放送テレビ,見えるラジオなどを利用する想定である.一斉に同じ情報を伝達する場合には一定の威力を発揮するが,聴覚障害者などには情報が確実に伝達しないなど,個別の障害に応じた対応ができない課題がある.この解決のため,ITの発達により小型化・高性能化したモバイルなどを活用した情報伝達・避難誘導を支援するシステムの研究開発が期待されている.

2.研究開発の目的
 本研究開発の目的は,災害発生直後の異常状態において,災害弱者が自宅から避難所までの第一次避難を安全かつ最適に実行するための,支援ツールの構築と有効性を確認することにある.被験者としての対象は,車椅子利用者,聴覚障害者で構成し,実証実験にてシステムを検証する.情報弱者用のための支援機器は,モバイル性を重視したGPS携帯電話を利用する.自治体側の管理ツールとしては一斉同報システム,位置情報監視システム,Web情報システム,到着確認システムを構築し,使用する.このシステムを活用した実験で,災害発生通知から避難所への到着確認までの第一次避難プロセスを確実に行なうための課題の抽出を行う.

 

3.システム構築の前提条件
3.1 見守りネットワークの支援

 1995年の阪神・淡路大震災では,災害直後に救援が必要となった住民(家や家具などの下敷きとなったもの)は3.5万人と想定され,そのうち約8千人が防災要員によって救出されているが,残りの2.7万人は近隣住民によって救出されている.しかし,災害弱者,特に障害者の場合,プライバシーの問題から日常的な近隣関係を築くことが困難であることが多く,災害時に近隣からの救援を確実に得られる体制は未整備である.障害者を地域全体で見守る仕組みはまだきちんと整備されていないわけである.しかも地域の方からもどう手を差し伸べたらよいのかわからないという戸惑いがあるのも事実である.
 本研究開発では,システムの有効性を実証実験で確認することを主眼においているため,地域において個別支援の必要な災害弱者に対して,近隣住民やボランティアによる「見守りネットワーク」の体制が築かれている前提である.
 「見守りネットワーク」とは,日常からの付き合いを通じて障害者本人のことを知り,信頼関係を築き,生活状況や必要な支援の内容を理解し,災害が起きた緊急時に安否確認や避難支援を手助けするものである.家族だけでは災害弱者本人を支えきれないケースや災害弱者が独居高齢者のケースなどに有効に機能するシステムである.

3.2 災害弱者台帳の整備
地域が自主防災組織や民生委員などのアドバイスを受け,個別支援の必要な災害弱者の実態調査を行う必要がある.それらは個人情報そのものであり,名簿の管理やプライバシーの問題など負担に感じている住民が多いのも事実である.こうしたデータベースでの一元管理ではなく,当事者と見守りネットワークの間だけで必要な情報を共有する方法もある(御殿場方式).

3.3 防災マップの作成
 防災マップとは,大規模地震の発生や,河川の氾濫にそなえて,住民が自主的に迅速に避難できるように,被害の想定される区域と被害の程度,さらに避難場所,危険エリア,避難経路などの情報を地図上に明示したものである.防災マップは,住民の防災意識を高めるために大きな役割を果たしており,災害時を想定して作成された危険設備,エリア等の住民の防災意識を図形化したランドマークを,地図上に反映させることができる

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