レックコレクティブ株式会社 代表取締役
2026.11.04
日本福祉大学で福祉を学び、卒業後は知り合いのいない福岡へ。そこで出会ったコーヒーの世界に夢中になり、バリスタとして日本一、世界大会準優勝を果たした岩瀬由和さん。現在は「REC COFFEE」を展開し、福岡から東京、台湾へと活動の場を広げています。一見異なる「福祉」と「コーヒー」が、どのようにつながっていくのか。原田学長がその歩みと思いを聞きました。
原田学長 岩瀬さんは本学の卒業生ですが、日本福祉大学ではどのようなことを学ばれていたのでしょうか。
岩瀬さん 当時の社会福祉学部保健福祉学科の第1期生で、特に3、4年生の頃は精神障害のある方が社会とつながるためにどのような支援や社会資源が必要なのか、ソーシャルワークの観点から学んでいました。当時は、その分野に就職することも考えていました。
そもそも福祉に関心を持ったのは、高校時代に児童養護施設でボランティアをしていたことがきっかけです。その経験を書いた作文が、高校生のボランティア活動に関する作文などを表彰する「テンダーハート賞」に入賞し、表彰式で日本福祉大学を訪れたことも、入学につながるきっかけの一つでした。
原田学長 高校時代から福祉に関わっていたのですね。作文にはどのようなことが書かれていたのでしょうか。
岩瀬さん 実は「偽善者」という題名だったんです。当時は、ボランティアをしていることを友人にも話していませんでした。自分が面白いと思ってやっているのに、周囲から「偽善者」と思われるのが嫌だったんです。でも、自己満足でもいいじゃないかと。そんな矛盾した気持ちを正直に書いたら、評価していただきました。
大学でも、自分の興味や関心に向き合いながら、いろいろなことを考えました。結果的には学んだ分野とは違う道を選びましたが、両親も、ゼミでお世話になった野中先生も、僕の選択を否定せずに後押ししてくれました。もし「せっかく福祉を学んだのだから、その道に進みなさい」と言われていたら、今の自分はなかったかもしれません。
原田学長 卒業後は、福祉の道ではなく福岡へ向かわれます。なぜ福岡だったのでしょうか。
岩瀬さん 特に目的があって福岡に行ったわけではないんです。大学に入るまでは、自分の意思を強く押し通して生きてきたわけではありませんでした。でも、大学で自由に過ごしながら自分自身と向き合う中で、「ここまで自由にやるなら、誰も知り合いのいないところへ行ってみよう」と思った。それが福岡でした。
ただ、移住してすぐにコーヒーの仕事を始めたわけではありません。4年半ほどフリー・アルバイターをしていました。本当にお金がなくて、「自分は何をしに来たんだろう」と思うこともありましたね。
原田学長 コーヒー自体には、以前から関心があったそうですね。
岩瀬さん 僕は愛知県出身なので、子どもの頃からコーヒーは身近にありました。日曜日には父に連れられてモーニングに行っていましたし、高校生の頃、カナダに住む兄を訪ねた際には、スターバックスで働くバリスタの姿がとても格好良く見えました。大学時代にも、先生の紹介で東京のコーヒーショップを訪ね、職人の技術に刺激を受けたことがありました。
でも、仕事にしたいと強く思ったのは、福岡でスペシャルティコーヒーに出会ってからです。初めは何がすごいのかよく分からなかったのですが、明らかに質が違う。「こんな金額で本物に触れられるんだ」と衝撃を受けました。
その店はスタッフを募集していなかったのですが、どうしてもコーヒーの世界をもっと知りたくて、自分からお願いして店に通うようになりました。夜は別の仕事で生活費を稼ぎながら、昼間はコーヒーの知識や技術を吸収する日々でした。人生で一番お金がない時期でしたが、同時に一番好奇心を刺激されていた時期でもあります。
原田学長 その後、移動販売から「REC COFFEE」を始め、バリスタの競技大会にも挑戦していきます。
岩瀬さん 最初から会社を経営しようと思っていたわけではなく、自分の好きなものを表現したかったんです。お金もなかったので、コーヒーマシンを積んだ移動販売から始めました。
大会も、日本一になりたいというより、技術を磨き、おいしさの基準を確かめるための挑戦でした。当時のスペシャルティコーヒーは、まだ正解が確立されていない世界。新しい情報を取り入れながら、自分たちで答えを探していたんです。大会で得た知識や技術を店に持ち帰り、お客様に還元する。そのサイクルが面白くて、何年も挑戦を続けました。
原田学長 日本チャンピオンとなり、世界大会でも準優勝されました。世界のバリスタとの交流からも、多くのことを得られたのではないでしょうか。
岩瀬さん 世界大会には60カ国ほどからバリスタが集まっていました。文化も言葉も全く違います。でも驚いたのは、「おいしい」という基準でつながることでした。同じコーヒーを追求しているから、言葉が十分に通じなくても、味を通して分かり合えるんです。
僕自身、英語が話せないことにコンプレックスがありました。でも、英語が得意でなくても楽しそうに交流する仲間を見て、完璧に話すことより、気持ちを伝えることが大切なんだと気づきました。
そこから自分の言葉で伝え、味で表現し、生産者とも直接話すようになりました。そうやって信頼関係が生まれ、コーヒーを通じて世界とのつながりが広がっていったんです。
原田学長 そうした経験を経て、現在のREC COFFEEでは、どのようなことを大切にされているのでしょうか。
岩瀬さん 僕たちには「おいしいコーヒーは、あなたの心を裸にする」というブランドステートメントがあります。おいしいコーヒーを飲むと、気持ちが落ち着いたり、また頑張ろうと思えたりしますよね。
良質な原材料、焙煎(ばいせん)や抽出の技術、そしてホスピタリティ。この三つを大切にしながら、コーヒーに詳しい人も、そうでない人も、いろいろな人が自然に集まれる場所をつくりたい。コーヒーという一つのきっかけを通して、人とつながれる空間を届けていきたいんです。
原田学長 現在はコーヒーの価格上昇や気候変動など、世界的な課題にも向き合われていますね。
岩瀬さん 世界的な需要の増加に加え、気候変動による生産への影響など、コーヒーを取り巻く環境は厳しくなっています。だからこそ、僕たちは単にコーヒーを売るのではなく、品質や技術、生産の背景も含めた価値を届けていきたいと思っています。
原田学長 そうした経験を踏まえて、あらためて大学時代を振り返ったとき、今の学生たちに伝えたいことはありますか。
岩瀬さん 実は長い間、少し後ろめたさがありました。大学で福祉を学ばせてもらったのに、その仕事に就かなかったからです。でも、福祉が嫌いだったわけではありません。むしろ、福祉はもっと当たり前のことで、いつか自分にもつながるのではないかと思っていました。
コーヒーの仕事を続け、事業を経営する中で、さまざまな社会課題にも目が向くようになりました。今になって、大学時代に学んだことと、自分が歩んできた道をつなげるときが来たのかもしれないと感じています。今回、学長とお話しする機会をいただいて、自分がなぜ日本福祉大学に入ったのか、あらためて振り返ることができました。
だから学生の皆さんには、まず好きなこと、興味のあることを見つけてほしいです。今、それが福祉につながっていなくてもいいと思います。福祉は、人が生きていく中で、いつか必ず考えることになるものだと思うんです。その時に本気で向き合えばいい。今、本当にやりたいことがあるなら突き進めばいいし、迷っているなら、まず自分の好きなことを探してみる。将来向き合う覚悟があれば、一見関係がないように見える経験も、いつかきっとつながる。僕自身の経験から、そう伝えたいですね。
原田学長 岩瀬さんのお話を伺い、大学での学びは、卒業後すぐに仕事に結びつかなくても、その後の経験を通して大学の学びが新たな意味を持たせるのだと感じました。ご自身の「好き」を探求し、行動し続けてこられた歩みは、学生にとっても大きな励みになると思います。これからの挑戦を楽しみにしています。