伊勢湾口断層:
―敦賀湾−伊勢湾構造線は, 甲楽城断層や養老断層をつないだ方向に延び, 伊勢湾断層につづく. その延長部は伊勢湾口を通って, 太平洋へと抜けると推定されてきていた. この湾口部の断層が仮想的な推定断層, 伊勢湾口断層である. 伊勢湾口断層は, 渥美半島と神島との間を通るのであろうか, それとも, 神島と志摩半島の間を抜けていくのであろうか. それが問題であった. どちらとも決めかねていた. 手掛かりがなかったからである. しかし, 最近の研究によると, どうもこの敦賀湾−伊勢湾構造線は一連で一続きの大きな断層ではないらしい. 神島の東側でもなく, また, 西側でもなく, どうも伊勢湾断層は伊勢湾口へは延びていないらしいのである. 伊勢湾に入ったこの敦賀湾−伊勢湾構造線の南方延長部はその後, その方向をやや東に振って, 内海断層へと続くらしい. 伊勢湾口断層は存在しないらしい.

放散虫化石:
―古くから敦賀湾−伊勢湾構造線の存在を推定する理由として挙げられていた事実, すなわち, 『それ (敦賀湾−伊勢湾構造線) は渥美半島から志摩半島にかけてほぼ東西に延びる日本列島基盤の地質構造を横切って, それをずらせている』 と指摘されてきている事実, これをどう解釈したらよいのであろうか. 上の事実は敦賀湾−伊勢湾構造線が伊勢湾口を通過することによって説明されていた. しかし, この構造線が伊勢湾口を通らないとすると, この事実は何か別の理由によって説明されなければならない (水谷, 1998a). 最近, それを説明する新しい考えが公にされた. それは, 神島断層の運動が原因となった変位によるという考えである. この説 (Ohba,1997) は現在のところ全ての事実を矛盾なく説明しているという点で評価が高い. なお, この説を裏付ける根拠として挙げられているのは秩父帯の地質時代とその構造地質学的分帯上の位置である. この根拠となる新事実を明らかにしたのは新たに見いだされた放散虫化石であった (大場, 1997;Ohba,1997).


自然災害に備える:
―中部地区の地質構造については, この地方における最近の地球科学的出来事 (火山:1979 年 10 月 28 日御岳の噴火, 地震:1984 年9月 14 日長野県西部地震, など) とも関連があって, 魅力的な研究課題が多い. また, この地域は社会的にも大きな潜在的な問題をかかえている. 福井県には原子力発電所がある/関が原付近には名神高速道路や新幹線が通っている/名古屋付近には科学技術的ならびに政治経済的中枢機能が集中している/常滑沖には中部国際空港が建設されんとしている/渥美半島から志摩半島にかけて, 太平洋国土軸と呼ばれる伊勢湾口道路が計画されている, 等など. いずれも規模は大きく, ほとんどの人の生活に関わりをもつ国家的な計画である (水谷, 1998b). これらの施設の災害時における安全性を考えるとき, 誰もがもう一度, この地域, つまり, 敦賀湾−伊勢湾構造線を見直すのである.

<引用文献>
・水谷伸治郎 (1998a) 伊勢湾口部断層解析およびデジタル統合地質作成業務−概要と解説−, 建設省土木研究所:業務報告書. 20pp.
・水谷伸治郎 (1998b) 中部地区における日本応用地質学会の動き−新しい発展への期待−, 応用地質, vol.39, no. 1, pp.104-112.
・大場穂高 (1997) 三重県神島より見いだされた中生代放散虫化石. 地質学雑誌, vol.103, no11, pp.1085-1088.
・Ohba, H. (1997) Mesozoic radiolarians from the western part of the Atsumi Peninsula, Southwest Japan. Jour. Earth & Planet. Sci., Nagoya Univ., vol. 44, pp. 71-87.

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