知らなかった世界に触れて「ふくし」と出会った尾崎仁美さん。社会福祉士と精神保健福祉士のWライセンス取得を目指し、学びを深めてきました。挑戦の中で見つけた「自分らしさ」と、未来への想いを語ります。

知らなかった世界が進路を拓いた

 そもそものきっかけは高校生のころ、友人に誘われてLGBTQについて語る企画に参加したことでした。なんとなく理解しているつもりでしたが、多目的トイレや制服など身近な話題についてさまざまな人が思いや考えを語る姿を見て、「自分って何も知らないんだな…」と実感したんです。それ以来、もっと色々な人と関わって知見を広げたいと思うようになりました。

 また、当時は自分も周囲も苦しかった時期があり、メンタルヘルスの問題が身近にあったことも、福祉への関心を高める大きな理由でした。

 担任の先生のすすめで日本福祉大学を知り、調べるうちに精神保健福祉士を目指そうと決意しました。地元にも福祉大学はありましたが、一人暮らしなど新しいことへ挑戦したかったこともあり、迷わず日本福祉大学を選びました。

実習で見えた支援のリアル

 1・2年次は学びやすい科目が中心でしたが、3・4年次になると相続や権利擁護など専門的で馴染みのない科目が増え、苦戦することもありました。それでも先生や友人のサポートもあったおかげで乗り越えることができました。

 社会福祉士の実習は約1ヶ月の宿泊型もあり、内容も盛りだくさんですごく大変でしたが、仲間や施設の方々に支えられ、楽しく充実した時間となりました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 精神保健福祉士の実習では、理想論では語れない現状を知り、支援の難しさを痛感しました。しかし、利用者さんとの心の距離感や関わり方を学べたことは大きな収穫です。ワーカーは与える立場だと思っていましたが、実際は当事者からもらうものがたくさんあり、その魅力に惹かれ、病院ワーカーになりたいと強く思うようになりました。

 精神課程は学ぶ内容すべてが濃く、しんどい思いをすることもありましたが、同じ目標を持つ仲間と励まし合いながらここまで来ることができました!仲間との絆が私の原動力です。

いつもは出演側だった大学祭も、今年はゆっくりと色んな企画を満喫しました

挑戦で広がった世界と大きな成長

 静岡を離れて4年、一度もホームシックにならず、一人暮らしを満喫しています。美浜は自然豊かで海も近く、穏やかな時間が流れているところがお気に入りです。

 サークルはダンス部「GoldCats」に所属し、学内外問わずさまざまな場所でパフォーマンスを披露しました。仲間と切磋琢磨しながら練習に明け暮れた日々や、たくさんのイベントに出演させていただけたことはかけがえのない思い出です。

 2年次には自ら希望し、山形県最上町でのフィールドワークに参加して地域の方々と交流しました。少しでも力になれたらとお手伝いのつもりで行ったのですが、みなさんのいきいきと暮らしている姿に、逆に力をもらいました。人口減少が進む地域の現状や課題、地元との違いについて考える機会となり、地域福祉やまちづくりなどその後の学びにもつながりました。

 以前まではやりたいことが特になく、周りに言われるがまま過ごしていた私が、自分の意思で積極的に行動できるようになったことは大きな成長だと感じています。

伝統行事「最上祭り」で神輿を担いだり最上町音頭を踊ったりと、祭りの盛り上げに一役買いました

学力だけでは計れない自分の魅力

 卒業論文は、誰もが利用しやすい居場所や人との関わりについて、建築や環境面から考えるというテーマにしました。この研究を活かし、今後は生きづらさを抱えている方や障害のある方を多様な視点から支えられるよう、病院ワーカーとしてクライアントと日々向き合っていきたいと考えています。

 最後に、高校生や受験生へのメッセージというよりも、当時の自分が言ってほしかった言葉を伝えたいと思います。それは「学力だけでは自分の魅力は計れない」ということです。

 当時の私は勉強中心の生活で、周りと成績を比べて落ち込んだり、できないことばかりに目を向けて辛い思いをしていました。そんな時、恩師が「自分の努力を認めてあげることが一番大切」と言葉をかけてくれて、心が軽くなりました。今でもしんどさを感じた時はこの言葉を思い出しています。

 数ある選択肢の中で「ふくし」を見つけられたことは、私にとって幸せなことです。社会に出てもこれまでの出会いへの感謝を忘れず、大学生活で培った知識と経験を糧に頑張っていきます。

日本福祉大学 社会福祉学部 社会福祉学科 人間福祉専修 4年

尾崎 仁美さん

HITOMI OZAKI

  • GoldCats
  • 静岡県/清水東高等学校出身

関連リンク

<取材:山形最上オフィス>

一覧に戻る