#69 中国の倫理観と経済発展
中国経済成長の根底にある、
中国人の人間力とは。
経済学部 経済学科教授
原田 忠直
原田忠直教授の専門分野は、応用経済学。中国経済に着目し、さまざまな研究を進めています。主な研究テーマに「中国における労働力移動問題」があり、改革・開放以降、多くの農民たちが農村から都市へ移動したことによる中国の社会・経済の動向を考察しています。
社会課題
日中の経済交流を深め、
両国の安定的な関係づくりを。
中国は、1978年の改革開放政策以降、輸出主導や製造業を中心とした労働集約型産業の展開などにより、高成長を続けてきました。ここに来て、経済成長率は減速していますが、中国は世界経済における重要なプレーヤーとして台頭しています。
日本にとっても中国は最大の貿易相手国であり、日本企業による対中投資も非常に多く、日中間の貿易・投資などの経済関係は緊密です。日中首脳間でも、経済や国民交流の具体的分野で互恵的協力は可能であること、環境・省エネを含むグリーン経済や医療・介護・ヘルスケアの分野などでの協力を後押ししていくことで一致しています。外務省は、中国との間で経済、文化、教育、地方など幅広い分野での交流を促進し、日中関係を深めるよう取り組んでいます。日中両国が「建設的かつ安定的な関係」を構築していくには、経済面などで交流を深め、両国民の相互理解・友好感情を促進することが重要です。
参考資料:外務省「日中経済関係・中国経済」「中華人民共和国」
INTERVIEW
「差序格局」に基づく、中国の人間関係。
私たち日本人からすると中国人の考え方は理解しにくいところもありますが、どのように考えたらいいでしょうか。
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原田
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中国人を理解する上で重要な概念として「差序格局」があります。これは中国の社会人類学者、費孝通(ひこうつう)が提唱したもので、1949年の中国革命の前からあるものです。簡単にいうと、どんなときも自分を中心に考えて人間関係のネットワークを形成していく社会のあり方を示しています。中国人はまず自分を中心に考えます。その次に、自分の一番近くにいる家族を大切にします。自分、家族、友達へと同心円のように人間関係を広げていくわけですが、その秩序に差をつけて、人間関係を構成していくのが、差序という考え方です。そして、そこに倫理観が生まれると、費孝通は説いています。
倫理観が生まれるとは、どういうことですか。
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原田
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極端な例ですが、たとえば、道端で誰かが倒れていても、その人が関係ない人であれば、中国人は助けようとはしません。でも、それが自分に近い家族や深い友情で結ばれている人だったら、何を置いても助けようとします。そういう感覚が今日の中国にも残っているように感じます。極端な言い方をしますと、国よりも家族の方が大事であり、頼れるのは自分や家族だという考え方ですね。この「差序格局」の対極にある言葉として「団体格局」があります。これは、企業や団体が定めた規範や倫理綱領に基づいて行動することを強調する概念で、どちらかというとヨーロッパ的な考え方になります。
ビジネスの基本に、包(パオ)の倫理規律。
自分や家族を中心にした人間関係は、仕事のやり方にも反映されますか。
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原田
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ええ。差序でいうと、中国では差序の同心円からなるべく遠い人、知らない人と仕事をする傾向があります。それは、中国語にも表れています。中国語では、生きる意味と書いて「生意(ピンイン)」という言葉があり、これは「商売」を指します。日本語的に解釈すると「商売とは生きる意味」となりそうですが、中国で「生きる」という字は、生ものの「生(なま)」であり、知らない人という意味合いをもちます。すなわち、「商売は知らない人とするもの」という意味が込められています。
知らない人とビジネスをするとは、日本の真逆ですね。
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原田
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そうですね。そのことをわかりやすく解説している書物に、日本の農業経済学者、柏裕賢先生が書かれた『経済秩序個性論 : 中国経済の研究』があります。そこに、中国人の仕事のやり方は「包(パオ)の倫理規律」に基づくと書いてあります。簡単に言うと「他人に任せる」というやり方です。たとえば、私が仕事を依頼されたら、利益の一部をとって、仕事を誰かに丸投げします。その誰かもまた利益の一部を取って、ほかの誰かに丸投げします。そうやってどんどん丸投げにして、仕事を回していくのです。知らない人たちにどんどん仕事が回り、利益が分配されていくと、社会のすみずみまで仕事が回り、ある程度安定した社会ができます。
日本の感覚からすると、仕事の丸投げは悪いイメージがありますが。
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原田
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そこが、私たちからすると理解しにくい部分ですよね。ただ、仕事の丸投げは悪い事ばかりではないんです。包(パオ)で仕事に関わるメンバーは知らない人たちなので、あくまでもフラットな関係でつながります。対等な関係ということは、上から言われた仕事をやるのではないので、それだけ自由なんです。そして、自分が成功しないと次の仕事もうまくいかないので、インセンティブ(行動を促す刺激や動機)も上がります。個人個人がすごく努力するようになって、個々の能力を上げるという利点があります。なお、何度も同じ仕事をして腐れ縁のような関係ができると、何かトラブルが起きますから、そのときは包(パオ)は解散されます。
日本企業の中国進出を成功させるには。
日本の企業が中国でビジネスを展開する場合、そうした考え方を理解していないとうまくいかないですね。
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原田
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日本企業の代表的な考えに、「モノづくりは人づくり」というトヨタのやり方がありますよね。人を育て、人の管理に力を入れ、質の高いものを生産していくという考え方ですが、これをそのまま中国に持ち込むと、大きくずれてしまいます、実際、中国に進出した企業のなかには、日本式のやり方をして失敗しているところもあると思います。
中国に進出した日本企業で、うまくいった事例を教えていただけますか。
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原田
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一例として、カップ麺のメーカーがあります。このメーカーが中国でカップ麺を生産し、その販売を考えたときに、最初、ある都市のスーパーマーケットで売り出そうとしました。しかし、国土の広い中国ですから、数カ所のスーパーマーケットで売り出しても、その効果はたかだか知れています。そこで、地元の人から仕事のやり方を聞いて、販売を地元の人に丸投げにしました。すると、包(パオ)の丸投げ方式で販路が広がり、どんどん売れていったそうです。たとえば、中国は給食がないので学校の売店で飛ぶように売れたり、スラム街で売れていった。そうした販路は日本人が市場調査しても出てこないものですし、中国人に丸投げしたからこそ生まれた販路だと思います。
ただ、販路を丸投げにする際は、勇気がいったでしょうね。
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原田
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そう思います。ただ、思い切って他人に任せてしまう。他人がなんとかしてくれるだろう、というぐらいの大きい器量がないと、なかなか中国ではうまくいかないのでしょう。日本人はビジネスを管理しなくてはいけない、市場や利益は確定した方がいいと思いがちですが、それだと息苦しくなって市場は閉鎖的になってしまいます。
中国の人間力に学び、取り入れる。
中国経済の急成長の根底には、包(パオ)の倫理規律という独特な考え方があったというわけですね。
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原田
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その通りです。中国経済は今少し減速していますが、1978年の改革開放政策以降、飛躍的な成長を続けてきました。その背景には、新幹線や航空機をはじめとしたインフラ整備や産業政策があったと思いますが、根底には中国人特有の倫理観、人間関係のつくり方があると考えています。中国人は対等な関係がつながり、個々が自分の能力や人間力を高めつつ、仕事を進めていきますが、その真ん中にあるのは個々の欲望です。欲望を突き詰めることで人間力を鍛えていく。その高い人間力が秩序をもって一つの方向に爆発的に働いたことが、中国の急激な経済成長の要因の一つではないかと考えています。
日本は今後、どのように中国と付き合い、また自国の経済成長をめざしていくべきでしょうか。
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原田
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最初の話に戻りますが、中国の差序的な感覚と、ヨーロッパの団体的な感覚を両方理解できるのは、日本人ぐらいだと思います。その両方を理解できる利点を活かし、中国や世界とうまく交流していことができればいいと思います。また、日本のこれからの経済成長をめざすには、中国経済を動かしている人間力に学ぶことも重要だと思います。日本人は管理する、管理されることに慣れ親しんでいますが、そこを少し見直すことも必要ではないでしょうか。学歴などは関係なく、人と人が対等につながり、個々の力を思う存分発揮していくようなネットワークをつくることができたら、そこから経済は大きく発展していくと思います。
株式会社ニッセイのチャレンジ
外国人材の受け入れが進む日本社会では、労働力の確保と同時に、地域や職場での不安や摩擦も表面化しています。株式会社ニッセイは、こうした課題を「日本で暮らし、働くための前提をどう共有するか」という視点から捉え、日本語教育や人材育成を軸に、共に生きる社会の土台づくりに取り組んでいます。
学びと暮らしをつなぎ、
社会を支える。
信頼のインフラづくりから
始まる共生。
株式会社ニッセイ
愛知県小牧市中央二丁目34-2

育成から始まる、人と社会をつなぐ仕組み。
株式会社ニッセイの現在の取り組みは、日本語学校であるアイリス・ジャパニーズランゲージスクールを引き継ぐ過程で共有された一つの問題意識を起点に形づくられてきました。代表取締役の上田竜也氏は当時、「言葉だけを教えても、日本社会で本当に暮らしていくことは難しい」と感じたそうです。この実感は次第に、個人の思いにとどまらず、同社全体の共通認識へと広がっていきました。
日本で生活するためには、日本語能力に加えて、地域のルールや社会の仕組みを理解することが欠かせません。同社は、日本語学校の運営を中心に、人材派遣や留学生支援などの事業を通じて、学びから就労、生活までを一体的に支える体制を築いてきました。現在、同社では、日本語教育に加え、日本社会の成り立ちや日常生活の前提を含めた教育を重視しています。具体的には、日本社会における文化理解や、税金・社会保険制度への適応、生活マナーの習得といった要素を、外国人材が安心して暮らすための土台として捉えています。ごみの分別や公共空間でのマナーについても、「なぜそうなっているのか」という背景から伝えることを大切にしています。ルールを一方的に守らせるのではなく、社会の一員として理解してもらうことが、結果として本人の安心につながり、地域や職場の安定にも寄与すると同社は考えています。
相互理解を支える、これからの人材育成。
同社の日本語学校では、語学教育にとどまらず、日本の学校文化をできる限り取り入れています。入学式や卒業式、修学旅行、卒業アルバムの制作などを通じて、日本社会の価値観や生活のリズムを体験的に学べる環境を整えています。学びの場を、資格取得や進学のための通過点ではなく、日本で生活するための準備期間として位置づけることで、学生一人ひとりが自らの将来を考える力を育んでいます。
また、同社は、日本国内だけでなく、中国・大連にも拠点を構え、現地において日本語教育や日本での生活を見据えた指導を行っています。日本に来る前の段階から、日本社会の文化や働き方、生活上のルールについて学ぶ機会を設けることで、来日後の戸惑いや摩擦を減らすことにつなげています。外国人材に一方的な適応を求めるのではなく、事前の理解と準備を重ねることが重要だという考え方です。
さらに同社は、中国をはじめとする海外人材との交流にも力を入れてきました。日本が人手不足に直面する一方、中国では高学歴であっても就職の機会を得にくい若者が増えています。同社はこの構造的なギャップを、短期的な人手確保にとどまらず、相互理解を深める機会と捉え、人材育成と交流を進めてきました。
今後は、日本語学校の枠を超え、日本で生活するために必要な知識や考え方を体系的に学べる場づくりも構想しています。文化理解や制度への適応、生活習慣の共有といった要素を重ねながら、人を迎える側と迎えられる側の双方が安心できる環境を整えていくこと。そうした積み重ねによって、人と人、人と社会を支える「信頼のインフラづくり」を実装していくことが、同社のめざす姿です。
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