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#68 健康マイノリティの医療支援

生活困窮者の自立を支援する、
看護からのアプローチ。

看護学部 看護学科
看護学研究科 看護学専攻

水谷聖子 教授

公衆衛生看護学(※)や地域看護学を主な研究分野とする、水谷聖子教授。看護教育に携わる傍ら、地域でのフィードワークを精力的に行っています。水谷先生に、健康マイノリティといわれる人々の医療・健康支援や生活支援について話を聞きました。

※公衆衛生看護とは、健康・不健康を問わず、個人や家族、集団、組織を対象にして、健康や生活の質を維持・改善する能力の向上や対象を取り巻く環境の改善を支援することにより、健康の保持増進、健康障害の予防と回復を促進することです。公衆衛生看護学は、そんな公衆衛生看護実践に寄与する知識、技術、規範並びに理論の生成やその発展について考究する学問。公衆衛生看護学のベースには、予防医療、公衆衛生、健康増進、健康管理の視点があります。

社会課題

医療からこぼれ落ちる生活困窮者たち。

 日本は、国民皆保険制度によって、すべての国民が公的医療保険に加入することになっており、世界最高レベルの保健医療水準を実現しています。私たちは誰でも、病気やケガをしたとき、高額な料金を払わなくても適切な医療を受けることができます。また、そもそも憲法で保障された基本的人権に基づき、経済力、居住地、障害、性別、国籍などに関わらず、すべての人が安全で質の高い医療を受ける権利をもっています。

 しかし実際には、ホームレスの人、国籍のない人、刑期を終えて出所した人など、生活に困窮するマイノリティ(少数派)の人々は、まず社会生活がままならないことから自分たちの健康管理は後回しになりがちです。そのため、さまざまな医療施策があるにも関わらず、その情報を知らなかったり、利用することなく、社会の医療ネットワークからこぼれ落ちてしまっています。そういう人々を「健康マイノリティ」と表現し、その人々への生活支援・医療支援が必要だと指摘されています。

 なお、1990年代以降、派遣労働者のような非正規雇用者が増えたことから日本では貧困問題が広がっており、2002年にはホームレス自立支援法、2015年には生活困窮者自立支援法が施行。貧困・生活困窮状態にある人々への支援活動が、社会的に強く求められています。

INTERVIEW

日本にも野宿する人が大勢いるという発見。

水谷先生が健康マイノリティの支援に取り組むようになったのはどういう経緯からですか。

水谷

私はもともと行政の保健師をしていて、青年海外協力隊に参加し、帰国後は産業保健師(企業で働く保健師)として鉄道会社に勤務していました。その頃、通勤途中に名古屋駅で寝ている人たちが多いことに気づき、貧困問題は海外の話と思っていたけれど、「日本の都市部にもホームレスの問題がある」ことに大きな驚きを感じました。その後、ご縁があって高度急性期病院併設の看護短期大学で看護学教育に携わるようになり、その病院の結核病棟にホームレスの人が入院していたり、救急搬送されてきたりする現場を目の当たりにして、さらに問題意識をもつようになりました。そんなとき、ホームレスの人々を医療面から支援するため1985年に設立された笹島診療所(現・NPO法人ささしまサポートセンター)の存在を知り、ボランティアで参加するようになったのが、健康マイノリティの支援に取り組むようになったきっかけです。その活動は現在も続けていて、路上生活者を訪問して健康相談に応える活動などを行っています。また、そうした活動を通じて支援させていただいた方々の了解を得ながら、事例研究としてまとめる作業も進めています。

健康マイノリティの人々はどのような背景をもつ人が多いのでしょうか。

水谷

私がボランティアを始めた当時はバブル期前後だったので、多額の借金を抱える路上生活者もいましたし、家庭の事情を抱える人、戸籍のない人などさまざまな人がいます。また、路上生活者には知的障害や総合失調症、アルコール依存症などの精神疾患を抱えている人が少なくないこともわかっています。そういう人は、幼少期からいじめにあったり、家族からも虐げられて育ったこともあり、うまく自分の苦しみを伝えることができない、困ったことがあっても「助けて」と言えない人もいます。大人になってからも、彼らを利用しようとする人々が近づいてきたり、日雇いの仕事をしながら、酒やタバコ、パチンコに依存するようになっていく。そういう厳しい環境にあるため、障害者手帳の存在も知らなかったり、医療や福祉サービスを一度は利用したものの、途中で中断してしまう人が多いのだと思います。

誰もが好んで路上で暮らしているのではない。

路上生活者への支援は、どのように行われていますか。

水谷

私が支援活動に携わっている名古屋市では、たくさんのホームレス支援団体があり、年末年始の越冬活動などさまざまな活動が行われています。私がボランティアを始めた頃は「なんで市民権のない人のために税金を使うんだ」という市民の方の苦情が寄せられることもありましたが、国によるさまざまな施策が整えられ、社会の理解が広がり、ホームレスの人数はかなり減ってきたように感じています。ただ、ネットカフェで寝泊まりするなど、不安定な就労状態にある生活困窮者は多いと思います。

路上生活者の支援で重視されていることはどんなことでしょう。

水谷

私たちが共通の目標としているのは、「ハウジング・ファースト・アプローチ」です。とりあえず路上からアパート生活に移ってもらう。屋根のあるところで暮らし、そこから雇用や健康などの問題を解決していこうと考えています。誰も好んで路上で暮らしているわけではありませんからね。ただ、路上からアパートに移ったらゴールかというと、そういうわけではなく、「それぞれが孤立してしまう」という新たな問題も生まれます。河川敷などで暮らしていると、路上生活者同士、緩やかにつながっている安心感があります。でも、アパートの一室で暮らすようになると孤独になり、生きづらくなってしまうんですね。その問題を解決するために、食事会を開いたり、お楽しみのイベントなども企画されているほか、春と秋のお彼岸には、亡くなられた方々を偲ぶ会も実施しています。

医療や看護が、生活支援への入り口になる。

ホームレスの人やアパート生活に移行した人たちに対し、医療面の支援にも力を注いでいるとお聞きしました。その内容を簡単に教えていただけますか。

水谷

先ほどお話ししましたように、ホームレスの人をはじめ、アパート生活に移行した人やそのほかの生活困窮者などは、知的障害や精神疾患をもちながら、医療につながることができない人が多くいます。そういう人々を支えるために、ボランティア医師、看護師による訪問診療、訪問看護が行われています。私もささしまサポートセンターのボランティアとして参加し、自分で薬の管理ができない方のために、「お薬カレンダー」をつくったりしていました。でも、最初のうちは、せっかくつくったお薬カレンダーも全部破られてゴミ箱に捨てられるんです。その行為はおそらく、あえて問題行動を起こして相手の反応を確かめる「試し行為」のように思いました。それでも諦めずに誠実に向き合っていくうちに、相手に「この人を信頼してもいいんだ」という感情が生まれ、「困った時に助けて」と言える関係ができていきます。そうなると、電話で「最近、どう?」と言いながら支援できるようになっていきます。

訪問看護は健康支援だけでなく、その人が生きやすいように援助するところにも深く関わるということですね。

水谷

そうです。それは福祉の領域かもしれませんが、日本の福祉は申請制度で、自分で役所に行って申請する必要があり、ホームレスや生活困窮者の人にとっては敷居が高くなるんですね。でも、医療であれば、医師の診断さえあれば、診察の翌日から訪問看護師が直接入っていくことができます。医療や看護が接点になり、社会適応が難しい人にアプローチでき、必要な福祉や行政サービスにつなげていくこともできるわけです。私自身、訪問看護しながら、社会の中で生きていくための人間関係の基礎づくりを一緒にするという感覚で活動しています。医療や看護は生活支援のとっかかりとして、重要な役割を果たしていると思います。

人権尊重の意識をすべての看護師へ。

救急搬送なども、ホームレスの人が医療から社会へつながる接点といえますね。

水谷

そうですね。路上で倒れたら周囲の誰かが救急車を呼び、救急隊の方が病院へ連れて行ってくださいます。そこで、医療、そして必要な福祉や行政サービスにつながることができます。ただ、そうやって病院に運ばれて入院する人のなかには、途中で病院を勝手に出てしまう人がいるのも事実です。というのも、病院の大部屋には、起床時間などいろいろなルールがありますよね。路上で生活していた人はなかなか集団生活に馴染めず、脱走してしまうようです。ただ、それだけが原因ではないとも思います。その病院の看護の質にもよりますが、お世話する看護師はどうしてもホームレスの人を見下すような発言や扱いをしてしまう。それが彼らには許せない。多分、見捨てられたような気持ちになって、逃げ出すのではないかと考えています。

看護師の倫理観が問われる場面ですね。

水谷

ええ。ですから、若い看護師の皆さんにもっと看護職の倫理や人権について伝えていかなくてはならないと考えています。ホームレスの人であっても、医療が必要になれば病院にやってきます。その人たちの話を丁寧に聞いて、ソーシャルワーカーに伝え、退院後の生活につなげていかなくてはなりません。どんな人であっても人として尊重されることがまずベースに必要です。それが結局、その人たちの生活を立て直す土台になります。

そのためには、看護教育がとても重要になりますね。

水谷

その通りです。看護教育に健康マイノリティを支える視点を加えることが重要だと考えています。本学の看護学部は開設以来、学生全員が地域の障害者福祉施設で学べるような機会を用意しています。それに加え、近年は「在宅看護論実習」の実習先として、先ほどお話しした路上からアパートに移った方の訪問看護も加えました。学生たちはアパートを訪ねて、実際に血圧を測ったり、話を聞くなかで、この人は病院を出てきてしまった、という事実を知ったり、どうして路上生活をするようになったのかを理解したりします。そうした経験を通じて、どんな場面でも人間としての尊厳や権利を尊重して看護する大切さを学んでもらえるのではないかと期待しています。

NPO法人ささしまサポートセンターのチャレンジ

水谷聖子教授もボランティアスタッフとして参加している、NPO法人ささしまサポートセンター。路上生活者や生活困窮者に対し、医療と生活の両面で支援活動を続けています。

誰もが地域で
居場所をもてる
社会をめざして。

NPO法人ささしまサポートセンター

愛知県名古屋市中村区靖国町1-94

https://www.sasashima.info/

活動のはじまりは、野宿者への食事の提供や無料診察。

ささしまサポートセンターの歴史は、1976年にさかのぼります。日雇労働者が国鉄名古屋駅構内で野宿している姿に心を痛めた有志が、おにぎりや味噌汁の配布をスタート。1985年、野宿者への医療面の支援を行うために、ボランティアの医師らによって「笹島診療所」が設立されました。その診療所を前身として、さらに支援活動を強化するために2012年に開設されたのが、NPO法人ささしまサポートセンターです。

同センターは、理事長を務める森亮太医師(医療法人八事の森理事長・杉浦医院院長)をトップとして、フルタイムの有給スタッフのほか、大学生を中心とするサポーター、多くのボランティアスタッフによって運営されています。同センターがめざすのは、野宿生活者をはじめとする生活困窮者の支援活動を通じて、誰もが地域で共に生きることができ、居場所をもてるような社会をつくること。性別や年齢、障害の有無、国籍、経済的な事情などに関わらず、どんな人でも自分の居場所をもち、安心して暮らせる地域社会の実現を目標として掲げています。

路上生活者から貧困家庭の子どもまで視野を広げて。

ささしまサポートセンターの活動は多岐に渡ります。生活医療相談事業では、毎週木曜日の夜に行われる炊き出し活動(ささしま共生会が実施)の会場で、ボランティアの医師・看護師による医療・健康相談を実施。さらに、ボランティアの医師や看護師、保健師をはじめ、ホームレス問題に関心のある市民ボランティアも参加して、月に2回、名古屋市内の公園や河川敷への巡回支援も行っています。また、「ハウジング・ファースト・アプローチ」に力を入れ、アパート生活移行支援活動を行っているほか、居住場所を提供するために障害者グループホームの運営にも取り組んでいます。そのほか、ホームレス状態から脱却した人の孤立を防ぐために、アパート訪問活動を行ったり、地域の人たちのお手伝いや清掃活動を通じて、就労への自信を養う就労準備支援事業も展開しています。

同センターの目線は、生活に困窮している大人だけでなく、貧困家庭の子どもたちにも注がれています。名古屋市からの委託を受けて、生活困窮世帯・ひとり親世帯の子どもたちへの学習支援活動や、ひとり親家庭の子どもの居場所づくりを推進。貧困の世代的連鎖(低所得世帯の子どもが大人になっても貧困から抜け出せないこと)を断ち切るために力を注いでいます。

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