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日本福祉大学チャレンジファイル学環編 第一部

「まちを育てる」という発想
─暮らしの中から立ち上がる地域づくり

日本福祉大学 国際学部
大学院国際社会開発研究科 国際社会開発専攻(修士課程)
福祉社会開発研究科 国際社会開発専攻(博士課程)

吉村 輝彦 教授

研究分野は、まちづくり・都市計画・国際開発・地域福祉。
「まちづくり」「都市計画」「参加のデザイン」をキーワードに、“まちに多様なカタチで関わる”という視点から、国内外の地域づくりの現場にも関わりながら、共生社会の実現や地域マネジメントのあり方について研究を重ねています。

テーマ

まちは“つくるもの”ではなく、
関係の営みの中でおのずから育くまれていく

 都市部において、再開発事業やハード整備事業が進み、駅前がきれいに整備され、道路や公共施設も整ってきました。生活の利便性は確かに高まっています。しかしその一方で、「きれいになったのに、どこか人の気配が感じられない」「まちは整ったのに、暮らしの温度が下がったように感じる」──そんな声も聞かれるようになりました。
空間としては整備されているのに、暮らしの営みや人と人との関係が置き去りにされてしまう。制度や計画は存在しているのに、「誰が、誰のために、何を大切にしているのか」が見えにくくなる。その違和感は都市部だけではなく、地方や郊外のまちにも共通して広がっています。

 人口減少、財政制約、世帯構造の変化、そして、伝統的地域コミュニティの弱体化。こうした社会状況の中で、「計画をつくる」「空間や施設をつくる」ことだけでは地域の活力を回復できない場面が増えてきました。
ハード整備を重ねても、そこに人と人との関係が根づかなければ、まちとしての文化は息づきにくい。一方で、社会が大きく変化する中で、これまで当たり前とされた“つながり”が変容してきた。これからは、それぞれの暮らしの中で育まれていく“ゆるやかなつながり”こそが求められているのではないか──。その問いこそが、いま私たちに突きつけられている課題と言えます。

 こうした現状に向き合い、「まちを“つくる”のではなく、時間をかけて“育くんでいく”」という視点から研究と実践を続けているのが、日本福祉大学 国際学部の吉村輝彦教授です。まちづくり・国際開発と地域福祉の視点を架橋しながら、あるいは、それぞれを越境しながら、国内外の地域づくりの現場に関わってきました。
第一部では、現代の公共空間や住民参加のあり方を見つめ直し、「関係をどのように育くんでいくのか」という観点から、まちづくりの課題と可能性について伺いました。

INTERVIEW

「参加」のかたちを問い直す

まちづくりの現場では、「参加」という言葉をよく耳にします。今の状況をどのように見ていますか。

吉村

確かに住民参加の場は増えました。ワークショップや意見交換会も頻繁に行われています。一方で、そこに来るのはいつも同じ顔ぶれであったり、「参加しなければならない」という空気が、かえって人を遠ざけてしまうこともあります。
私は、みんなが同じように関わる必要はないと思っています。やれる人が、やれる時に、やれる範囲でやればいい。関わりの“濃淡”を認め合える社会が理想です。

“濃淡を認め合う”とは、どういうことでしょうか。

吉村

人によってそれぞれの関わりの密度や距離感に違いがあるのは自然です。子育て中の人、高齢で外出が難しい人、仕事で忙しい人、まちのことを静かに気にかけている人。立場も状況も、そして、得意なことや好きなことも違います。ですので、全員が同じ会議に出なくてもいいですし、常に意見を出し続けなくてもいい。まずは、それぞれの暮らしの手前に、“まちとつながっている感覚”があればいい。その手触りのあるつながりが重なっていくことが、まちの基盤になると思うのです。

「参加=役割を担うこと」ではなく、「参加=関係があること」という感じでしょうか。

吉村

まさにそうですね。参加を“成果を求められる行為”としてだけ捉えてしまうと、それはだんだん重くなってしまう。そうではなく、もう少し呼吸ができる状態の参加。
「なんとなく気にかけている」「困ったら顔が浮かぶ人がいる」「こんなことを誰かとやってみたい」。そのくらいの距離感の関係が社会にどれくらい積み重ねられているのか。私は、その“見えにくい参加”が、実はまちを静かに支えているのではないかと思っています。

「空間をつくる」から「関係を育くむ」へ

“ゆるやかな関係”を広げるために、何が大切なのでしょうか。

吉村

これまでの都市計画は、“空間をつくること”が目的化しがちでした。立派な建物や新しい施設が作られたり、あるいは、イベントが行われると、それで一仕事終わったような感覚になってしまう。でも、人の関係が根づかなければ、時間が経つほど“その空間だけが残る”ことになります。
“つくる”より、場を“続ける”ほうが、はるかに難しい。だからこそ、“続けるための関係”をどのように育くんでいけるのかという視点が必要だと思っています。

関係を育くんでいくとは、どういうことでしょう。

吉村

何かする時に、誰かがみんなをしっかりとまとめて、常に引っぱり続けることだけが進め方ではありません。いろいろな人が、少しずつ気にかけたり、困っている人に気づいたら声をかけたり、季節の変化や地域の出来事を共有したり。そういう小さなやりとりの積み重ねを、日常の中でゆるやかに続けられるのかどうかです。
大きなイベントが年に一度あるよりも、少しの関心が日常的に共有されている状態のほうが、まちのチカラになります。

そう考えると、“空間”より“関係が生まれる場”という言葉の重みが変わってきますね。

吉村

私はよく「スペース」と「プレイス」の違いを意識します。形として用意された“空間”があっても、そこで経験や記憶や関係が積み上がらなければ、それは“空間”であって、本当の意味での“場所”にはなりません。
まちは、計画書の上ではなく、暮らしの中の人びとのまなざしや関係の重なりの中で育くまれていく。だから、空間をどのようにつくるのかだけではなく、ゆるやかな関係をどのように紡いでいくのか。 そこに未来があると思っています。

「課題解決」から「希望を育くむ」へ

これまでのまちづくりは「課題を解決すること」が中心になりがちですが、先生はそこに違う角度を示されていますね。

吉村

課題解決はもちろん大切です。ただ、それだけではまちは元気になりません。課題解決は言ってみれば“マイナスをゼロに戻す営み”です。でも、人の暮らしが前に進んでいくエネルギーは、ゼロの先にあります。
だからこそ、私は、“こうありたい”という希望を語り合うことがとても重要だと思っています。

“希望を語ること”が、まちの原動力になる?

吉村

そう思います。困りごとだけを見続けていると、人はどうしても疲れてしまいます。でも、「こんなことがやってみたい」「こんな場にしていきたい」「こんな関係でいたい」と前向きな想いを共有すると、不思議と人はつながっていくんです。
まちは、誰かが、未来の絵を描いて、完成させるものではなく、希望を共有し続けるプロセスの中で、形を変えながら育くんでいくものだと思っています。その意味では、常に更新していく。課題解決はそのプロセスの中に自然に組み込まれていく。希望を言葉にし続けられる関係をどのように支えるのか。そこに、これからのまちづくりの可能性があると感じています。

まとめ

 吉村教授の言葉から見えてきたのは、まちを形づくることそのものよりも、その背後にある「関係の営み」をどのように支え続けるのかという視点でした。住民参加のあり方を一律に求めるのではなく、関わり方の“濃淡”が許容される社会。立派な施設や計画を整備するだけでなく、日常のまなざしや声かけが積み重なっていく関係。課題解決だけにとどまらず、「こうありたい」という希望を共有し続けることで生まれる、新しい地域のチカラ。
まちを「どのように整えるのか」ではなく、「どのように関わり続けるのか」という問い。その視点は、都市計画だけでなく、福祉や教育、そして、大学と地域との関係にも通じています。急速な変化の時代だからこそ、成果を急がず、時間をかけて関係を“育くむ”という姿勢が、地域社会の未来を支える重要な鍵になるのではないでしょうか。

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