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#57 紛争地域や途上国での健康支援

どんな環境にあっても
子どもたちが元気に育つには
何が必要だろう。

看護学部 看護学科

髙井久実子 助教

髙井久実子助教は、生涯発達看護学、公衆衛生学分野を研究分野として、 海外の紛争地域や発展途上国で暮らす子どもたちの健康状態の向上をめざした研究に取り組んでいます。髙井先生に現在進めている東ティモールでの研究活動を中心に話を聞きました。

社会課題

独立から二十余年、東ティモールの子どもたちの栄養問題。

 東南アジアに位置する、東ティモール民主共和国(通称、東ティモール)。16世紀以降ポルトガル領でしたが、1974年にポルトガルは主権を放棄、1976年にインドネシアに併合されました。併合後も、独立派による抵抗は続きましたが、1999年に独立についての住民選挙が実施され、2001年に憲法制定議会選挙、2002年に大統領選挙が実施され、東ティモール民主共和国として独立しました(内閣府ホームページより一部変更)。

 2002年の主権回復を果たした東ティモールですが、その後もしばらく国の情勢は不安定な時期が続きました。数年を経て、ようやく治安が落ち着き、社会の基盤や人々の生活を整える取り組みが少しずつ進められるようになりました。しかし、独立後の混乱や停滞の影響もあり、いまもなお貧困や高い失業率、教育・医療など社会インフラの整備の遅れなど、多くの社会課題を抱えています。とくに、子どもの成長の問題は深刻です。東ティモールでは2人に1人の子ども(5歳未満の子どもの約47%)が発育阻害(日常的に栄養を十分に摂れず、年齢相応に成長しない状態)に陥っており、乳児を含む子どもの死亡率も高くなっています。こうしたことから、国連児童基金(UNICEF)や世界食糧計画(WFP)などの国連機関や各国の政府機関援助(ODA)、非政府機関(NGO)などが様々なプログラムを実施し、子どもの栄養状態改善に取り組んでいます。一例として、日本政府と国連児童基金(UNICEF)は、2022年から2023年の2年間にわたって東ティモールで実施される「子どもの栄養改善計画」を支援しました(※)。国の未来をつくる子どもたちの成長を支えるために、今後も継続的な子どもの栄養改善のサポートが求められています。

※詳しくは、UNICEF プレスリリースをご覧ください。
https://www.unicef.org/tokyo/news/2022/government-japan-and-unicef-sign-usd-3-million-partnership-agreement-support-japanese

INTERVIEW

出発点は、難民キャンプでの支援活動。

先生が現在の研究テーマにたどりついたのは、どういう経緯からですか。

髙井

もともと看護師として病院に勤務していたときから、難民や紛争、自然災害によって普段の生活が送れなくなった人々の健康を守るために何か支援はできないだろうかと考えていました。またそのような緊急時に健康を維持するためには、やはり平時からの健康づくりが何より大切なのではないかとも思うようになりました。
その思いは、日本赤十字社の国際救援活動の現場を経験する中でより強くなったものです。インドネシアの津波被災後の緊急医療救援やタンザニアの難民キャンプなどの事業に派遣され活動してきました。
難民キャンプの中では、タンザニア赤十字社が保健医療部門を担当し、病院や診療所を運営していました。私は感染症対策や薬剤等の調達、施設改修工事のモニタリングや予算管理など、キャンプ内の保健医療事業が円滑に行われるように事業管理の面からサポートしました。

タンザニアのほかにも、海外救護活動に従事されたのですか。

髙井

タンザニアへの派遣期間は半年間でしたが、帰国後、今度は内戦が終わったウガンダ北部へ、同じ日本赤十字社のプロジェクトで派遣されました。さらに日本赤十字社を離れた後は、ヨルダンにある国連難民支援機関(UNRWA)の保健局でパレスチナ難民支援にも携わりました。タンザニアの難民キャンプ(派遣当時。現在は閉鎖したキャンプもあります。)や、パレスチナ難民の人々は「難民」となってから長い年月が経ち、現在も慢性的な難民状態に置かれている人が多くいます。キャンプの中で産まれた子どもが成長し、また次の世代の子どもが産まれる―――。そのような現実を目の当たりにし、長期的かつ継続的な支援の必要性を強く感じました。

難民キャンプで健康を保つ難しさ。

難民キャンプの食生活はどのようなものでしたか。

髙井

タンザニアのキャンプでは、2週間に1回くらいのペースで、タンパク質や炭水化物などの必要な食料は供給されていました。でも、保存が効く米や豆類、とうもろこしの粉、小麦粉など乾物類が中心で、野菜や肉などの生鮮品は手に入りません。そこで難民のみなさんは自分たちで畑を耕したり、鶏を飼ったりしていましたね。その一方で、キャンプの中で暮らしている人は、外で働くことは許されていません。そういう自由のきかない環境のなかで、健康を保つのはすごく難しいことだなと思いました。

健康を保ちにくい理由はどこにあるとお考えですか。

髙井

やはり狭いエリアに大勢が住んでいますから、マラリアなどの感染症や、そのほかの疾病も広がりやすいですね。先ほどお話しした栄養の問題もあります。また、将来に対する不安や閉鎖空間のフラストレーションから精神的ストレスが強くなり、抑うつ状態やドメスティックバイオレンスに繋がりやすくなります。性暴力による10代の望まない妊娠のケースも見られました。そのほか、健康を崩したときの医療体制にも限界があります。たとえばタンザニアでは、キャンプ内に基本的な医療を提供できる施設は整えてありましたが、重症な病気や怪我で高度な医療が必要になると、何十キロも離れた病院まで搬送しないといけない状況でした。

東ティモールで研究活動を推進中。

先生は海外救護活動をしながら研究もなさってきたんですね。

髙井

はい。ヨルダンでは、パレスチナ難民の人たちの母乳育児に関する研究をしていました。ヨルダンにはシリア難民キャンプもありましたから、その後も引き続き、シリア難民の人を対象に研究を続けようと考えていました。でも、コロナ禍の影響でそれが叶わなくなり、もう少し近いところでフィールドワークのできるところを探していて、東ティモールに着目しました。東ティモールは2002年に独立した新しい国で、社会基盤の整備や経済の発展に取り組んでいるところです。その一方で、子どもの栄養不良が大きな課題となっています。

栄養不足は、食べ物が少ないことが原因ですか。

髙井

いえ、食べ物にすごく困っているかというと、そうでもないんですね。僻地や山間部では食べ物が入手しにくくなりますが、首都であるディリ市内では青空市場のようなところに行けば、野菜もお肉も豊富に流通しています。それにも関わらず栄養不良なのはなぜか。国の調査では、衛生的なトイレの少なさ、母親の教育、世帯の経済状況(貧困)などの理由があげられています。ただ、それだけでは栄養状態を改善するアプローチとして実現可能な具体策が挙げにくいのです。世帯の経済状況を改善し、女性の教育レベルを向上させるには国レベルでの取り組みが必要で、なかなか個人で着手することは困難です。そこで、実際の状況を見るために2023年から現地へ足を運んでいます。これまでの調査で、ご飯に塩辛い油のようなものをかけて食べさせるなど、子どもの食事が偏っている状況が見受けられました。

そうした状況で、先生はどのようなアプローチを試みていますか。

髙井

今注目しているのは、「母親」です。子どもに食べさせているのは主に母親です。たとえば、家にトイレがなかったり、経済的に厳しい状況であっても、子どもが元気に、栄養状態も良好に育っている家庭があります。そのお母さんたちは、どんな工夫をしているのか、子育てのコツのようなものを見つけ出したいと考えています。それが見つかれば、地域のみんなでその知恵を学び合い、子どもたちがより元気に育つ環境を広げていけるのではないかと考えています。

もともと営まれている生活のなかにヒントがある、というお考えなんですね。

髙井

はい。たとえば、東ティモールは島国なのでもっと魚を食べたらいいと思うのですが、みなさん、あまり食べないんですよね。それを、外部者である私たちが新しい食文化を紹介することもある程度できるかもしれませんが、食事って、人間の生活の根本的なところにあるものだと思うんです。私たちも外国の新しい料理を楽しみますが、やはりご飯と味噌汁と漬物に帰っていきますよね。同じように、東ティモールの人も大切にしている食生活の基本があるはずです。そこをできるだけ変えさせることなく、いま実際に母親たちが行っている育児方法の中で「こうすればうまく子どもが育つ」というものを見つけていきたいと考えています。このように「成功している例外者を探す」というのは、POSITIVE DEVIANCE(ポジティブ・デビエンス)といいます。

アカデミックの世界から、社会課題を発信していく。

東ティモールでの研究は今、どの程度進んでいるのですか。

髙井

2022年から計画を開始し、年に2回程度現地調査をしながら東ティモールの大学と共同研究を行う準備を進めてきました。今年の8月には、現地の大学生に協力してもらい、約1,200戸を訪問、お母さんと子どもの栄養調査を行いました。
調査では、まずは子どもが栄養不良になりやすい条件を明らかにしながら、同じような環境でも健康に育っている子どもがいないかも探していきます。
ゆくゆくは、厳しい状況のなかでも子育てに成功しているお母さんにインタビューを行い、その知恵や工夫を聞き取りたいと考えています。そして、その大切な経験を、ほかのお母さんたちと共有することで、東ティモールの地域全体により良い子育ての方法が広がり、子どもたちが健やかに育つ環境づくりにつなげていきたいと考えています。

最後に、先生が研究を通して果たそうしている目標があれば教えてください。

髙井

東ティモールに対しては、現在も国際的な復興・開発支援が行われていますが、これからも人々の関心が薄れないよう、国際社会に呼びかけ続けることが重要だと考えています。たとえばパレスチナやウクライナの問題もそうですが、戦争や紛争、災害が起きたときには大々的に報道され、世界中の人々が注目し、多くの支援が集まります。しかし、時間が経ち、戦争が長引いたり、災害の記憶が薄れてしまうと、次第に支援の輪も小さくなってしまうのが現実です。現地で支援にあたっている人は、困難な中でも懸命に活動を続けています。それでも、成果がすぐに見えないことも多く、その様子を広く伝えるまで手が回らないのが実情です。だからこそ、「今も、現地の子どもたちはこのような環境におかれ、こうした健康問題に直面している」「どのような効果的な支援が必要なのか」ということに加えて、「紛争や災害により子どもたちの健康が深刻な影響を受けていること」を、継続的に伝えていくことも重要だと考えています。
子どもたちの健康を守ることは、その国や地域の未来を守ることにもつながります。ひいては、子どもたちが健やかに育つ社会を支えることが、長期的には紛争の再発や拡大を抑止する力になると信じています。困難な状況にある国や地域の現状をアカデミックの世界から発信していきたいと考えています。
また現地での支援方法についても、より効果的な方法を科学的に探り、現地での取り組みをさらに広げていく一助になればと考えています。たとえ紛争地や難民キャンプ、被災地などの困難な状況にあっても、子どもたちが希望を持ち、元気に育っていけるように―――。健康の面から、未来への小さな一歩を支えていきたいと願っています。

(一社) Bridges in Public Healthのチャレンジ

一般社団法人Bridges in Public Health(以下、BiPH)は、「すべての人に健康を=Health for All」を目標に掲げ、2014年設立。国内外の広いフィールドで、研究と現場、科学と社会、専門職と一般の人々をつなぐ活動を展開しています。

知と場と人をつないで
すべての人の健康をめざす。

一般社団法人Bridges in Public Health

https://biph.jp

自分たちの健康は自分たちで守る。

 健康づくりというと、保健医療の専門家が携わるイメージがありますが、考えてみれば、医療に頼る以前に、自分たちの健康は自分たちで守り育てることが重要です。そういう視点から、保健衛生の研究と人々の暮らし、人材育成、実践などをつなぐ架け橋(Bridge)になることをミッションとして設立されたのが、BiPHです。

BiPHの活動は多岐にわたります。定期的に行っているのは、保健に関わる医療職の人や教育機関の人などを対象に開催している勉強会「てらこや」、そして、BiPHの活動を紹介するニュースレター「かわらばん」の発行。すべての人が健康になることをめざし、着実に活動を積み重ねています。そのほか、他団体と協働での出版事業(※)や大学や専門学校への講師派遣、在留外国人の支援に関する研究などにも取り組み、みんなの健康を守るために活動する人々や教育に関わる人々を支援しています。

※『学ぶことは変わること 自分と地域の力を引き出すアイディアブック』著デビット・ワーナー、ビル・バウワー。1982年の初版以来、世界各国で翻訳・出版されているベストセラーの日本語版を制作した。デビット・ワーナーはプライマリ・ヘルスケアの理論的実践者であり、カリスマともいうべき存在。氏の経験に基づく学習方法のアイデアを紹介した本書は、健康な地域づくりをめざす人の必携の一冊。

ニュースレター「かわらばん」
https://biph.jp/aboutus/#aboutus-newsletter/
東ティモールで、保健データマネジメントの向上をサポート。

 BiPHは、国内だけでなく海外にも活動のフィールドを広げています。2020年9月から3年間にわたり、JICA(独立行政法人国際協力機構)草の根技術協力事業(支援型)として、東ティモールプロジェクトに取り組みました。この活動は、現地のパーツ大学公衆衛生学部とパートナーシップを結び、教員と学生の保健データマネジメントに関する指導に関わったもの。同大学では以前から授業の一環で保健データの収集や管理を行っていましたが、知識や技術にばらつきがありました。そこで、保健に関するデータの正しい入力方法や管理方法などを指導。地域ごとの保健データを分析し、地域住民の暮らしに役立てていくという意識と知識の向上を支援しました。

写真引用:Bridges in Public Health (Facebook) https://www.facebook.com/biph.adm/

同法人では今後も東ティモールでの活動を継続し、住民が地域ぐるみで健康課題に取り組んでいけるような環境づくりに貢献していく方針です。こうした国内外の活動を通じ、みんなが自分の健康づくりに取り組めるような「人づくり・知づくり・場づくり」に一層力を注いでいきたいと思います。

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