#44 これからの社会的養護
複雑な背景をもつ
子どもたちを
チームで育てていく。
福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科(通信教育)
河尻 恵 教授
河尻 恵教授の研究分野は、子ども家庭福祉、少年非行、社会的養護。国立児童自立支援施設の施設長として長年にわたり培ってきた経験をベースに、社会的養護に関わる研究や人材育成に力を注いでいます。河尻教授に、社会的養護の課題とこれからのあり方について話を聞きました。
社会課題
虐待と社会的養護。
「社会的養護」とは、保護者のない児童や保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うことを指します。かつて社会的養護は、親がいなかったり、親に育てられない子どもへの施策でしたが、現在は、虐待を受けるなどにより心に傷をもつ子どもや、DV被害の母子などへの支援を行う施策へと役割が変化してきました。
こうした変化に対応し、社会的養護が必要な子どもを、できる限り家庭と同様の養育環境で育てる「里親制度」の拡充や、施設のケア単位の小規模化・地域分散化(少人数単位のグループケアや、地域に家を借りて運営するグループホームのような仕組みづくり)が進められています。同時に、虐待を受けて心に傷を負った子どもたちへの専門的なケアの充実、自己肯定感を育み自分らしく生きる力を育てる自立支援の充実、家族支援、地域支援の充実など多様な施策が求められています。
参考:厚生労働省「社会的養護の課題と将来像」「社会的養護の施設等について」
INTERVIEW
児童自立支援施設の施設長として。
先生が社会的養護に関わるようになった経緯から教えていただけますか。
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河尻
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もともと親が国立武蔵野学院という児童自立支援施設の職員をしていて、私も同じ敷地内で生まれ育ちました。児童自立支援施設は、不良行為をした子どもや、不良行為の恐れのある子どもの社会的自立を支援する施設ですが、私はよく施設に入所していた「お兄さんたち」に遊んでもらった思い出があります。成人してからは全く違う分野に就職していたのですが、幼少期の日々を思い出し、児童自立支援施設で働くことを決意しました。そして、昨年(2024年)3月に定年退職するまで児童自立支援施設で勤めました。
長く児童福祉に関わるなかで、社会的養護の制度に対する考え方に変化はありましたか。
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河尻
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40歳を過ぎた頃、2006年度から厚生労働省(現・子ども家庭庁)に出向したことが転機になりました。私はトータルで6年間ほど厚生労働省の社会的養護の担当課に勤務したのですが、そこで、社会的養護の制度づくりや法律改正、予算要求などに関わる仕事に携わり、一施設の視点ではなく国の視点に立って、社会的養護の課題や方向性を考えるようになりました。
子どもたちを家庭的な環境で養育する必要性。
厚生労働省ではどのような施策が進められていたのですか。
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河尻
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日本では戦後、大勢の戦災孤児に対応してきた経緯などもあり、児童養護施設(1歳〜18歳未満の子どもが対象)などの施設で育てるのが主流でした。でも子どものためには家庭的な環境で育てるべきではないかという考えが示され、里親委託を進めていくことになりました。実際、児童福祉政策が進んでいる国を見ると、里親委託を進めている国が多く見られ、日本もその方向をめざしていくことになったわけです。
里親委託の利点はどんなところにありますか。
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河尻
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いろいろありますが、一つはアタッチメント(愛着関係)の形成が築きやすいということです。アタッチメントとは、子どもが母親など特定の大人に「くっついている」という安心感などのことで、心身の発達や成長に重要な役割を果たすと考えられています。赤ちゃんは母親がいないと、不安になってすぐに母親を探したり、別の人に抱っこされると泣いてしまうことがありますよね。もちろん、養育者が母親以外のこともありますが、日ごろから面倒を見てくれている大人がそばにいてくれることで、子どもは安心できるようになっていきます。少し大きくなると、その人がそばで見守ってくれていれば落ち着いて過ごせるようになり、さらに成長すると、「家に帰ればあの人がいる」という安心感から、保育園にも安定して通えるようになっていきます。保護された子どもの多くは乳幼児期にそういうアタッチメントの形成がなく、甘える経験がないまま成長しているので、他の人との関係をつくるのがむずかしかったり、情緒不安定になってしまうんですね。
なるほど、アタッチメントが重要なキーワードというわけですね。
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河尻
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問題なのは、保護された子どもの多くが、アタッチメント対象であるべき親から虐待を受けている点です。自分が一番心の拠りどころとして求めている対象者から身体的暴力や精神的暴力を受けることにより、深い心の傷を負います。その結果、健全な成長ができなくなってしまいます。虐待の内容は実にさまざまで、お酒を飲むと暴力を振るう親や、「あなたなんて産まなきゃ良かった」という言葉の虐待、そして性的な虐待も見られます。そのような虐待によりさまざまな傷を負った子どもとアタッチメント形成を築くには、職員が交代で勤務する施設より、里親と一緒に暮らす方がいいと考えられています。ただ、虐待の多様化に伴い、子どもの心の傷は多様化・複雑化しています。非行に走ったり、精神科の医療を必要とする子どももいますから、すべての子どもが家庭養護に適応するのはむずかしく、施設も必要だと思います。
里親を支える仕組みと人材づくり。
子どもたちを受け入れる里親には、相当な決意や専門的な知識が必要になりそうですね。
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河尻
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そう思います。里親をバックアップするために2022年、児童福祉法が改正され、「里親支援センター」が制度化され、2024年4月1日から施行されました。里親支援センターは里親の相談対応や支援を担い、養育の計画作成などをサポートしていく施設です。当大学では今、こども家庭庁の補助を受け、里親支援センターに勤務する人材育成のための研修プログラムを開講しています。
人材育成に力を注いでいらっしゃるんですね。
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河尻
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法律と制度だけでは養育の質が高くなる保証はなく、大切なのは人の育成だと考えています。とくにこの世界は生身の人間が相手ですから、実践的、現実的な研修に力を注いでいかなくてはなりません。そういう観点から、里親支援センターだけでなく、児童養護施設などで子どもと対面しながら一所懸命頑張っている職員の育成にも、関わっていきたいと考えています。また、こども家庭福祉のさまざまな場所で活躍するソーシャルワークの専門家の育成も必要です。2024年に「こども家庭ソーシャルワーカー」という認定資格も創設され、本学で認定研修プログラムを開講しています。たとえば、里親家庭に行く子どもの80%以上には親がいて、子どもは親を求めているケースもあります。そういう子どもたちを元の家庭に戻すには、十分なソーシャルワークが必要ですし、親に対しても支援が必要です。そうした専門的なソーシャルワークの担い手を育てていきたいと思います。

社会的養護から、地域それぞれの実情に応じた地域養護へ。
現在、社会的養護の現場ではどのような変化や広がりが見られますか?
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河尻
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社会的養護を担う施設の一つとして乳児院(3歳未満の子どもが対象)がありますが、近年、里親支援に力を注ぐ乳児院が増えてきました。虐待を受けていた子どもは成長過程でいろいろな問題が出てくることがありますし、子育て経験のない人が里親になるケースもあるので、乳児院が積極的にアドバイスやサポートをしています。また、お母さんが疲れたときに赤ちゃんを預かるなど、母子支援に取り組む乳児院もあります。こうした乳児院の動きを見ていると、これからの社会的養護は地域養護へと発展していくべきではないかと思います。すなわち、乳児院や児童養護施設などが保護された子どもを預かるという受け身の姿勢ではなく、それぞれの強みを積極的に活かしながら、地域の実情に応じた支援体制を構築していくことが望ましいと思います。

最後に社会的養護の質を高めていくために、どんなことが必要かお考えをお聞かせください。
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河尻
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子どもはそれぞれ複雑な背景を持っていますから、さまざまな角度から支援が必要です。児童相談所や児童養護施設、乳児院、里親支援センターなど、さまざまな機関の人々が力を合わせ、チームで子どものソーシャルワークに関わり、養育していくとともに、その質を高めていくことが求められています。また、NPO法人など民間事業者のパワーをもっと活かしていくことも有効だと思います。海外では、民間事業者が地域のニーズを把握したうえで「このような事業が必要だ」ということを行政に売り込み、行政がそれを評価して予算を出すという仕組みがあります。日本にもそのような仕組みができれば、社会的養護もさらに活性化していくのではないかと期待しています。
社会福祉法人慈愛会のチャレンジ
社会福祉法人慈愛会は、福岡県大刀洗町を拠点に、乳児院「清心乳児園」や児童養護施設「清心慈愛園」、医療型障害児入所施設・障害者支援施設「聖ヨゼフ園」を運営。加えて地域小規模児童養護施設3か所、糸島地区の特別養護老人ホーム「富の里」養護老人ホーム「篠原の里」、宮崎県の高齢者福祉施設「源藤の里こころ」など、多様な福祉事業を展開しています。

命は、神から与えられたかけがえのないもの。
戦後の混乱期に、戦災孤児の命を守るために始まった慈愛会。カトリックの精神を基盤に、「命を輝かせ、大切にする」という理念を大切に歩んできました。乳児院から出発し、時代のニーズに応じて児童養護施設や障害者支援へと事業を広げてきた歴史には、社会の課題と向き合い続けてきた姿勢が刻まれています。子どもたちの成長や暮らしの変化にあわせて、地域小規模化や多様な支援体制を築いてきたことも特徴です。
近年の乳児院では、親の精神疾患や経済的困難を背景に、養育が難しい家庭から子どもを預かるケースが増えています。虐待の中でもネグレクトが多く、感覚過敏などの特性を持つ子どもへの支援も欠かせません。看護師、保育士、心理士、栄養士など多職種が連携し、24時間体制で一人ひとりの命を守り育てています。その根底には「ケースではなく一つの人生」と捉える姿勢があります。子どもが少しずつ食べられるようになり、言葉を発するようになる――その変化が職員の喜びであり、理念の実践そのものです。
いろんな家族があっていい。地域に根ざす里親支援。
現在、慈愛会が注力しているのが里親支援です。「どこにいても子どもが安心して暮らせる地域をつくる」ことをテーマに、里親のリクルートから委託支援まで伴走型で取り組む里親支援センター「OHANA」を2018年7月に開設しました。ハワイ語で「いろんな家族」を意味する「OHANA」の考えを掲げ、ひとり親でも施設で育つことでも、すべての家族の形を尊重しようとしています。リクルート活動では小さなカフェでの説明会や地域イベントでの対話を重ね、制度を正しく理解してもらう工夫をしています。応募者の多くは「社会貢献をしたい」と考える人たちであり、だからこそ子どもとのマッチングを丁寧に行うことを重視しています。
また、核家族や地域のつながりの希薄化により、身近に頼れる人が少なくっているという課題もあります。そうした中で、妊産婦の支援にも積極的に取り組んでいます。たとえば、産後に心身の疲労が重なったときに母子で利用できる「産後ケア」、父親が夜勤で母親が一人で不安なときに母子で滞在できる「親子ショートステイ」や子どもを短期で預かるショートステイ、初めての育児に戸惑う母親への相談や子育てサロンなど、さまざまな形で支援を行っています。
「子どもの生きる力を信じて、大人は向き合っていく」―これまでの乳児院での活動を通じて培った信念のもと、これからも一人ひとりの人生に寄り添い続けていきます。
- 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科(通信教育)
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