日本福祉大学チャレンジファイル学環編 第三部
【保育×建築 cross talk】
江村和彦(保育・教育)× 村井裕樹(建築・福祉)
「縁側」からひらく、これからの共生空間
─保育と建築が語り合う「社会のつくり方」
教育・心理学部
江村 和彦 教授
工学部 工学科 建築学専修
村井 裕樹 准教授
テーマ
なにげない日常空間を人と人の関係を育む場へと昇華できるのか。
朝の保育園の玄関前、子どもを送る保護者が並び、お互いに会話している姿も目にしますが、待っている間ただスマホを見つめる姿を目にすることもあります。本来は子どもや保護者、保育士が自然に言葉を交わし合える「最初の接点の場」であるはずなのに、交流が十分に生まれてなく、子育て家庭の孤立を防ぐうえでの課題の一つともいえます
社会課題は複雑化しているため、一つの課題を一つの領域からのアプローチでは解決がしにくくなりました。日本福祉大学は開学以来、異なる領域の専門家が多職種の連携の重要性を理解し、実践してきました。今回の企画は、学部や専門分野の枠を越えて学びをつなぎ、社会との接点を探る試みです。
今回は、保育の実践から公共性を考える 江村和彦教授(日本福祉大学 教育・心理学部) と、建築と福祉の交点から空間設計を研究する 村井裕樹准教授(日本福祉大学 工学部 工学科)に次世代を担う子どもたちが通う保育園のもつ可能性について考えます。
INTERVIEW
論点① 共通体験と信頼
小さな体験の共有は、どのようにして信頼を生み出すのか?
最初のテーマは「共通体験と信頼」です。人と人の信頼は、どのような体験の共有から生まれるのでしょうか。江村先生、保育の現場からお願いします。
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江村
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保育の現場で信頼を育むのは、決して特別なイベントではなく、日常にある小さな「共にする体験」です。 たとえば園庭の草抜きを保護者と一緒にする、発表会の舞台づくりの手伝いをする、イベントのあと片付けを保護者みんなでする──こうした共同作業の積み重ねが、「一緒にやった」という実感を生みます。 この実感こそが、保護者と保育士の関係を変えるのです。「先生に任せる側」と「仕事をする側」という立場の区別がやわらぎ、同じ時間を共有した仲間のような感覚が芽生える。そこに信頼が生まれ、子どもとの関係も安定していきます。
子どもたちにとっても、共通体験は大切です。友達と一緒に砂場で山をつくる、絵本を読み合う、雨の日にカッパを着て散歩に出る──そうした小さな日常の体験が「一緒にいる、そばにいる」という安心感につながります。大人も子どもも、信頼は“共に過ごす”ことからしか育たないのです。
なるほど。信頼は立場を越えて「一緒にする」体験から生まれるのですね。村井先生、建築の立場からはいかがでしょうか。
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村井
(建築) -
建築の世界でも“共通体験をどう生み出すか”は重要です。この、人と人との関係をどう設計で実現させていくかが重要になります。たとえば何気ない場所に人が溜まることができる場を設けると、そこに関係性が生まれます。会話するまで進展しないかもしれませんが、「暑い」「寒い」くらいのひとことふたこと言葉を交わすかもしれません。それだけであっても“同じ時間と空間を共有した”という体験になり、心の距離を縮めます。
このように、建築や都市は人と人を結びつける力があります。その関係性を生み出す仕掛けを設計することが大切です。
江村先生の「共に取り組む体験」と、村井先生の「建築の仕掛け」。異なるアプローチですが、どちらも“体験の共有”が信頼の根っこにあることを示しています。 小さな体験の積み重ねが信頼をつくり、その信頼が人と人を支える──ここに共通の視点が見えてきました。
論点② 曖昧な空間の力
はっきり区切らない「余白」は、なぜ人を近づけるのか?
先ほどは「共通体験」が信頼を育むことを伺いました。では、その体験を可能にする空間にはどんな条件が必要なのでしょうか。ここで注目したいのが「曖昧な空間」という視点です。村井先生、まずは建築の立場からお願いします。
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村井
(建築) -
建築の設計では、空間の役割をきっちり分けすぎると、人の行動や関係まで固定されやすくなります。会議室、廊下、待合室──用途が完全に決められてしまうと、その用途を超えた人と人との関係性や自然な交流は生まれにくくなります。 そこであえて「曖昧な余白」を残すと、人はそこに自由さを感じ、空間の用途に縛られない行動を誘発します。
たとえば公共建築の入口近くの屋外スペースが「待ち合わせ場所」として自然に機能することがあります。設計者が明確な用途を決めなくても、人々が自分なりの意味を見つけ出し、無限の機能がその場に生まれてきます。こうした曖昧な余白こそが、人を迎え入れる力を持っているのだと思います。
なるほど。役割を限定しない余白が、人を自然に惹きつけるのですね。江村先生、保育の現場ではどうでしょうか。
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江村
(保育) -
子どもも大人も、曖昧な空間に支えられています。机や棚がきっちり配置されていると、子どもは「そこでできること」しかできません。でも、使い方が決められていないスペースがあると、子どもたちは自分たちで遊びを生み出します。廊下の端の小さなスペースが内緒話の場になったり、積み木を並べる遊び場になったりするのです。
保護者との関係でも同じです。玄関前にベンチや屋根付きの軒先があれば、送り迎えの合間に自然と会話が生まれます。形式的な面談ではなく、立ち話のような“ちょっとした交流”が信頼関係を深めるのです。
お二人のお話から見えてきたのは、決めすぎない曖昧さが、人を迎え入れ、安心を生む余白になる ということなんですね。
論点③ 保育園という最初の公共空間
子ども・保護者・地域を結び直す場として、保育園はどんな役割を果たせるのか?
ここまで「共通体験」「曖昧な空間」という視点から公共性を考えてきました。その縮図として注目したいのが、保育園です。子どもが最初に出会う公共空間ともいえる保育園は、どのような役割を担えるのでしょうか。江村先生からお願いします。
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江村
(保育) -
保育園は、子どもだけでなく大人にとっても「安心できる居場所」となるべき空間です。送り迎えのときに保護者同士が自然に会話できる、保育士に気軽に相談できる──そうした余白があれば、家庭と地域のつながりを取り戻せます。 もし保育園が“子どもを預ける場所”にとどまってしまえば孤立が強まりますが、“共に育つ場”として開かれていれば、信頼と安心が循環し、地域に広がっていくのです。
私はこの姿を、日本の伝統的な「縁側」という暮らしの知恵に重ねています。縁側は、家の内と外をゆるやかにつなぎ、家族と地域を結ぶ中間領域でした。保育園もまた、その現代版として、子どもと大人、家庭と地域を結ぶ「縁側的空間」になれるはずです。そこで交わされる小さな会話や立ち寄りが、人と人の信頼を広げ、子どもの安心にもつながっていきます。
江村先生が示された「縁側」という比喩は、保育園の役割を直感的に示していますね。村井先生、建築の視点から補足していただけますか。
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村井
(建築) -
縁側は住宅に多く見られる空間で、建築の境界を曖昧にする「屋内であり、屋外である」空間です。その曖昧さは、人が立ち止まり交流する余白をつくっていました。現代の保育園でも、この発想は重要です。 たとえば、玄関や園庭を「ただの通路」「単なる遊び場」として設計すると、人は通り抜けるだけになってしまいます。ですが、腰掛けやなんとなく溜まれる場を置けば、送り迎えの保護者が話を交わし、保育園を開放する機会があれば地域の人も自然に足を止める場になってきます。このような小さな交流が積み重なることで、空間は生き生きと機能していきます。

江村先生の比喩を、村井先生が建築的な具体策で裏づけてくださいました。保育園に「縁側的空間」をデザインすることが、子ども・保護者・地域を結び直す鍵になるのですね。
論点④ 社会への提言
公共空間を未来にひらくために、私たちにできることは?
ここまで「共通体験」「曖昧な空間」「保育園という最初の公共空間」と議論を深めてきました。最後に、この視点を社会全体に広げて──公共空間を未来にひらくために何が必要か、お二人に伺います。江村先生からお願いします。
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江村
(保育) -
保育園の現場を見ていると、安心できる場所があるかどうかで人の関わり方が大きく変わることを痛感します。社会全体も同じです。子どもも大人も、安心して集まり、声をかけ合える場があれば孤立は和らぎます。 私は、公共空間に“教育的な役割”を重ねたいと考えています。ここで言う教育とは、知識を伝えることではなく、“共に学び合う教育”です。図書館や地域施設、保育園がそうした役割を担えば、人々は互いに関わり合いながら成長できる。公共空間はそのための「共育の場」となり得るのです。
「共育の場」としての公共空間──人が共に学び合う場として開いていく、という視点ですね。村井先生はいかがでしょうか。
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村井
(建築) -
建築の立場から言えば、公共空間にはデザイン性や機能性とともに、“人を暖かく迎え入れること”が不可欠です。立派な建物をつくっても、それが人に寄り添ってなければ人は関わろうとしません。つまり、設計の中で、人と人、建築と人の関りや信頼をどう考えていくか、それこそがこれからの様々な人が関わる建築の課題といえます。

終わりに──保育園から見える「縁側」というヒント
今回の対談では、保育と建築という異なる立場から、保育園という場を起点に「公共空間のあり方」を考えました。保育園は子どもが日々を過ごす場所であるだけでなく、保護者や地域の人びとが自然に行き交う“まちの入り口”のような存在でもあります。その視点から見えてきたのが、子ども・大人・地域をゆるやかにつなぐ「縁側」のような役割のある空間の大切さでした。
保育の実践と空間づくりという異なる専門から語られた内容には共通点があります。それは、信頼や安心は大きな制度や仕組みももちろんありますが、日常の中の小さな体験や、その体験を誘発する場所から育まれるということです。送り迎えの合間の立ち話、園庭で一緒に汗を流す経験、なにげなく立ち止まる場──こうした日常を豊かにする時間が、人と人の距離をほどよく近づけていきます。
保育園という“未来につながる場所”を手がかりに見直した公共空間の姿が、読者の皆さまが身近な場所を捉え直すヒントになれば幸いです。ここにある視点が、日々の暮らしのどこかで役立つ小さなきっかけになりますように。
- 教育・心理学部 , 工学部
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