日本福祉大学チャレンジファイル学環編 第一部
「育ちを支える場」を取り戻すため
─保育現場から読み直す“公共空間”のあり方
日本福祉大学 教育・心理学部
江村 和彦 教授
江村和彦教授は、愛知教育大学大学院芸術教育(立体造形領域)修了後、三重県・伊賀土楽の土鍋職人を経て、陶芸家として独立。創作活動の傍ら、大学教育に携わってきました。現在の研究分野は、芸術一般、 教科教育学。
テーマ
保育園は、誰のための空間なのだろうか。
保育園は、子ども・保護者・保育士が共に支えあい、学ぶことができる「共同の場」として機能してきました。しかし現代では、その姿が揺らいでいます。その理由として共働き家庭の増加や地域コミュニティの衰退、祖父母世代との関係の希薄化といった社会的変化があります。結果、保育園は「子どもを一時的に預ける場所」として理解されている現状があるのです。送り迎えの時間は慌ただしく、園庭や玄関で自然に言葉を交わす機会も減っています。かつて地域の小さな共同体であった保育園は、いまや孤立が生まれやすい場になりつつあります。
いまの保育園に顕著なのは、子ども・保護者・保育士という三者それぞれの孤立です。
保護者は、仕事と育児を同時に抱え込み、相談できる身近な相手を持たないまま不安を募らせています。その結果、保育園を「子育てのパートナー」ではなく「負担を軽くする委託先」と見なしてしまう傾向が強まっています。
保育士は、多忙な業務に追われ、保護者と腰を据えて関係を築く余裕を失いがちです。記録や事務作業も増える中で、自らも支えを得にくく、孤立感を抱えることが珍しくないのです。
子どもは、大人同士の信頼関係が目に見えにくい環境で育ち、安心感を得る体験が限られています。園の隅で保護者と保育士が笑顔で言葉を交わす光景は子どもにとって大きな安心につながるが、そうした場面は減り続けているのです。
このように、三者の孤立は互いに影響し合い、保育園を「共に育てる空間」から遠ざけています。背景には、核家族化や地域社会の分断、そして「保育園=サービス提供の場」という固定観念が存在するからではないでしょうか。
こうした現状に向き合ってきたのが、江村和彦教授です。保育実践と造形教育を専門とし、保育者の実践指導と学生教育の双方に携わってきました。保育園を「公共空間」として捉え直し、子ども・保護者・保育士の関係性を再設計することを探究してきた研究者です。第一部では、その課題と可能性を語っていただきました。
INTERVIEW
保育園の関係性が希薄化している
まず、現場で見えている課題からお聞かせいただけますか。
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江村
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私は、保育の現場で「共に育てる関係性」が失われつつあると強く感じています。本来、保護者と保育士は子どもの成長を一緒に支える存在ですが、いまでは「サービスの受け手」と「提供者」のように役割が固定され、形式的なやり取りに終わることも少なくありません。送り迎えの会話も「お願いします」「ありがとうございました」で切り上げられてしまい、その背後には保護者の孤立や時間的な余裕のなさがあります。
孤立は家庭の事情だけでなく、社会構造とも関わっているのでしょうか。
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江村
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その通りです。多くの保護者は地域とのつながりを持ちにくく、頼れる相手も限られています。あるお母さんが「園で先生と立ち話をする5分が、唯一ほっとできる時間です」と語っていたことがありました。けれど、その短い交流すら十分に持てない家庭も少なくないのです。その結果、保育園が「子育ての負担を軽くする委託先」として利用され、保育士との信頼関係が深まりにくくなっています。
では、そうした関係を回復するためには、どんな工夫が必要でしょうか。
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江村
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私は「共通体験の積み重ね」が鍵になると考えています。たとえば園庭整備を保護者と一緒に行う、誕生日会で保育士・親・子どもが食事を共にする──。そうした時間を通じて「保育ってこんなに大変なんですね」と互いに気づく瞬間が生まれる。その一言が、相手への尊敬や信頼を育てるきっかけになるのです。
つながりを生む“余白”としての空間
信頼を取り戻すためには、やはり「空間のあり方」も関係してくるのでしょうか。空間の設計や日常の動線が、人の関わりに影響すると思うのですが。
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江村
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そうですね。私は“縁側のような空間”、つまり使い方が決め込まれていない曖昧な場が必要だと考えています。玄関でも教室でもないけれど、ちょっと腰かけられるベンチや立ち話ができる小さなスペースがある。保護者が自然に足を止めて声をかけやすくなる、そんな余白が関係づくりの入口になるのです。ある園では、靴を履き替える場所に低いベンチを置いたところ、送り迎えの際に親同士が自然に言葉を交わす姿が見られるようになりました。
「あいまいさ」が、むしろ人と人をつなぐ契機になるのですね。
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江村
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はい。明確に区切られた空間ばかりでは、人はどうしても“場の役割”に縛られてしまいます。しかし、使い方が決まっていない曖昧な場所は、誰にとっても自由に開かれています。保護者と保育士の何気ない立ち話が積み重なり、やがて園全体の空気を変えていくこともあります。
子どもにとって、そうした空間は意味を持つのでしょうか。
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江村
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ええ。子どもは大人の雰囲気にとても敏感です。保育園の片隅にリラックスできる場があり、先生と保護者が楽しそうに話している。その光景を目にするだけで「ここは安心できる場所なんだ」と感じ取ります。また、自分のペースで遊べる“あいまいな居場所”があることは、年齢を超えた子ども同士の交流の機会を生み社会性の育ちにもつながっていきます。大人が安心して関われる場は、そのまま子どもにとっての安心の証にもなるのです。
保育士を支える「縁側的空間」の役割
ここまで、保護者や子どもの孤立について伺ってきましたが、保育士自身も孤立してしまう場面があると聞きます。その点についてはどうお考えですか。
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江村
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確かに、保育士の孤立は大きな課題です。子どもと向き合うだけでなく、保護者対応、記録作業、研修や行事の準備など、日々多くの業務を担っています。最近では保護者から心理的なケアを求められる場面も増え、職場で「リラックスできる時間」を確保しにくい状況にあります。そのため、やりがいや心の余裕が削られ、孤立感を深めてしまう保育士は少なくありません。
そうした状況においても、「縁側的な空間」が役立つのですね。
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江村
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はい。ある園では、ソファと小さなキッチンを備えた部屋を“サロン”として開放していました。そこでは園長先生と保護者が並んでお茶を飲む姿も見られ、ときには地域の高齢者がふらりと立ち寄ることもあったのです。保育士にとっても、その空間は業務の一環ではなく、人として自然に関われる貴重な場になっていました。ちょっとした会話やお茶の時間が気持ちの切り替えを助け、孤立の緩和につながっていたのです。

そのような空間があることで、園全体の雰囲気にも変化が生まれるのではないでしょうか。
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江村
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ええ。子どもにとっても、保護者にとっても、「ここは一人じゃない」と思える空気が広がります。大人の安心感が園内に漂えば、それは子どもにとっての安全のサインにもなる。私は保育園を「地域とつながり、社会を育てる最初の公共空間」として捉えています。縁側のような余白を持つ場が広がれば、保育は制度的なサービスにとどまらず、人と人が支え合う共同体へと変わっていけるのではないかと考えます。
まとめ
孤立を生みやすい現代の保育園。 江村教授の話から見えてきたのは、関係を断ち切る要因をただ批判するのではなく、そこに新しい関係を育む余地を見いだすという視点でした。保護者と保育士が共に汗を流す共通体験や、誰もが気軽に立ち寄れる縁側的な空間──その積み重ねが、失われつつある信頼を少しずつ取り戻すきっかけになる。保育園は、子どもを預ける施設にとどまらず、社会全体を育てる最初の公共空間としての可能性を秘めています。その視点を共有することこそ、これからの保育を再設計するための第一歩になるのではないでしょうか。
- 教育・心理学部
- くらし・安全


