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#34 介護人材育成

介護の未来を支える人を育てる。
――地域・多文化社会で活きる専門職教育。

日本福祉大学中央福祉専門学校 教員

森 由香子
(2013年3月 日本福祉大学大学院 医療・福祉マネジメント研究科 医療・福祉マネジメント専攻 修士課程修了)

森由香子さんは、日本福祉大学中央福祉専門学校の卒業生であり、現在は同校の教員として介護福祉士の育成に携わっています。自身も一期生として学び、現場経験を重ねた後、教員として教育現場に戻ってきた森さんは、現代の介護をめぐる課題と真摯に向き合いながら、次世代の担い手を育てる教育のあり方を模索し続けています。特に外国人留学生の受け入れや、多文化共生型の学びを通じた「支える力」の育成に注力し、多様化する地域社会に対応できる専門職教育を実践しています。 森さんに、「介護人材育成と専門職教育の現在」についてお話を伺いました。

社会課題

介護の未来は、“支える人”にかかっている。

 わが国では、超高齢社会の進行と人口減少という二重の構造的変化により、介護人材の確保が喫緊の課題となっています。特に介護福祉士については、高齢化によるニーズの増加に対して、若年層の就業希望者が伸び悩んでいる現状があります。厚生労働省の調査によれば、2023年度末時点での介護職員の有効求人倍率は過去最高水準の4.02倍に達し、他産業と比較しても極めて高い水準を維持しています(出典:厚生労働省「介護人材の現状と今後の取組について」令和5年版)。

 さらに、介護職が抱える「きつい・汚い・給料が安い」といったイメージが若者の志望動機に影響しており、専門職としての社会的認知も十分ではない状況です。一方で、介護の仕事は「生活そのものを支える専門職」として、医療とは異なる固有の役割と専門性を有しており、個人の尊厳に深く関わる非常に重要な職務です。

 このような背景から、介護人材の質的向上とともに、量的な確保のための戦略的な人材育成が求められており、日本人学生だけでなく外国人留学生の受け入れ体制整備、多文化共生教育の重要性が増しています。現場と教育をつなぐ橋渡しが、いま大きな転換点を迎えています。

参考:厚生労働省「令和5年版 介護人材の現状と今後の取組について」

INTERVIEW

介護の原点にあったのは「家族を支えたい」という思い。

介護という仕事を志した背景には、どのような経験があったのでしょうか?

介護の道に進もうと決めたきっかけは、家族の介護経験があったからです。私の家庭では、祖父母と同居しており、母が中心となって介護をしていました。その様子を間近で見ながら、知識も技術もなく、ただ不安の中で手探りに介護をしていた母の姿が、私の原点にあります。「何もわからずにやる介護は、つらくて苦しい」。だからこそ、しっかりとした知識と技術を身につけて、支える側になりたい――そう思い、専門的に学ぶことを決意しました。

ご家族の介護を“ただ見ているだけだった”ご経験が、学びの原動力になったのですね。

当時、介護福祉士の根拠となる法律は、社会福祉士及び介護福祉士法(1987年)であり、資格ができたばかりの時代でした。介護福祉士の専門性とは役割とは十分に語られていない。何もないところから専門職としての基盤を築く、その第一歩を踏み出した世代だったと思います。

専門職としての道を歩むなかで、印象的な原体験などはありましたか?

入学当初、介護福祉士という職業に関する情報は限られており、テキストにすべきスタンダードな基本図書は、ほとんどが看護や社会福祉の延長線上にあるものでした。現場実習では、利用者の尊厳が軽視されている場面に何度も出くわしました。たとえば、寝たきりの方をストレッチャーで浴室へ移送する際に、衣類を脱がされたまま何も掛けずに運ばれている――そんな光景が「当たり前」とされていたのです。

今では信じがたいような光景ですね……。

これは本当に人として尊重されたケアなのか?——強い疑問とショックがありました。自分の手で何かを変えなければいけない、そう感じたのはこの時です。介護は“お世話”ではなく、“対象者の生命と生活に強く関わる専門職”なのだと、学びと経験の中で確信するようになりました。

対象者の生命と生活に強く関わる職種

現場での経験を通じて、大切にされてきた介護の視点について教えてください。

介護の実際は、日常的であり反復性を持った毎日の生活を支えるという変化もみえにくいものです。しかし、それがなければたちどころに対象者の生命と生活に直接影響する程大切な仕事です。医療とは異なり、治療ではなく“生活”を支えるのが私たちの役割です。たとえば、食事や入浴、排せつといった日常の行為に介護が必要になった場合、科学的裏付けを理解し、どのような状況下であっても、対象者が安心して、最適の介護技術を提供できる能力が必要です。

日常の中の小さな安心を、専門性として支えていくんですね。

また、介護は長期にわたって関わることが多いため、対象者の小さな変化に気づく“観察力”も重要です。自分の関わりがその人の暮らしにどう影響しているのか、常に客観的な観察、思考、自己評価をしながら介護をしています。

そうした考え方を、教育の中でどのように伝えているのでしょうか?

介護福祉士養成機関は実習を中心とした養成機関といえます。授業形態は講義、演習、実習の三種類に分かれており、講義は30%、生活支援技術など演習を疑似体験と考え実習に準ずると約70%を占めています。最適な介護技術を提供するためには、講義と演習(介護技術など)教科関連づけをしながら学習進度を位置づけしています。本校は、法令基準を超える実習指導をしている点や介護技術に必要な知識科目以外に観察視点を強化し学び、実践、評価、記録、自己評価を反復学習しています。また、現場実習は介護福祉士として目的達成の場であり、学生は対象者に強く関わりをもちながら段階的に学んでいます。

専門職の育成として意識しているのは、「自立支援」「尊厳」「介護観」「人生観」を学生たちにしっかり伝えることです。対象者を観察、把握、理解し社会福祉に関する広い知識のもとで、自立支援の視点をもち対象者との出会いの中で人間としての尊厳を学び、介護観や人生観を考えられる能力をつけてほしいです。
特に、介護観とは、自分がどんな介護をしたいのかという信念であり、これは知識や技術と同じくらい大切な要素です。

多文化共生と介護人材育成の実践。

教育の現場で、印象に残っている多文化的な実践や取り組みはありますか?

最近の取り組みで特に印象深いのは、外国人留学生の受け入れを通じた介護人材育成の実践です。今年度はネパールを中心に、バングラデシュ、中国、ベトナム、フィリピンなどから32名の留学生が入学しました。私たちは、単に留学生を受け入れるだけでなく、彼らが日本人学生とともに学び、支え合いながら成長していける環境づくりに力を注いでいます。

多様な文化背景を持つ学生たちが、同じ場で学び合う光景が浮かびます。

教材にはルビを振り、専門用語の学習支援も行うほか、ガイダンスや授業内での文化交流の機会も積極的に設けています。地域での実習や施設とのマッチングにも細やかに対応し、共に支え合う「多文化共生型の介護教育」を実現しようとしています。

そうした多文化の学びを支えるうえで、多職種の連携も重要になるのではないでしょうか?

多文化共生の取り組みを通じて強く感じるのは、「協働」の大切さです。教職員はもちろん、事務職員、施設職員、地域の方々、通訳の専門家など、さまざまな立場の人たちと連携しながら、留学生と日本人学生がともに学べる場を作っています。たとえば、施設側に文化や習慣の違いを理解してもらうための説明や、日本語能力に応じた支援の在り方を一緒に考えるなど、教育を超えた協働の積み重ねが不可欠です。

教える側と支える側、双方の理解と歩み寄りがあってこそですね。

多職種・多文化の交わりは、介護現場そのものにも通じるものがあると感じています。介護は一人で行うものではありません。異なる専門性や背景を持つ人たちと共に、「その人らしい暮らし」を支える——それこそが、これからの介護のスタンダードだと思っています。

未来の支援者へ――「介護は人生に寄り添う、誇りある仕事です」

今後、教育現場でどのような取り組みを深めていきたいと考えていますか?

これからの課題は、「人を育てる仕組み」をより確かなものにしていくことです。介護は人が人を支える仕事である以上、基礎教育こそがすべての土台になります。
とくに今は、介護福祉士という職業に対する正しい理解が社会にまだ十分広がっていないこと、そして人材不足が加速する中で、質を落とさずに教育水準を保ち続ける難しさを痛感しています。その中で私たちは、日本人学生と留学生が共に学び合うプログラムを整備し、学習評価や個別支援体制を強化しています。たとえば形成的評価の導入や、日本語教育との連携、国家試験に向けた多角的なサポートなどです。教育現場の挑戦は、現場のケアの質に直結しています。だからこそ、一人でも多くの専門職を、誇りをもって送り出していきたいと考えています。

最後に、これから介護の道を目指す方々へ、メッセージをお願いします。

介護福祉士は「対象者の生命と生活に強く関わる専門職」です。人の最期までを見届け、その人らしく生きることを支える——そんな介護福祉士の仕事には、他の職種にはない尊さと責任があります。
私自身、現場での経験を重ね、今は教育という立場から学生たちを見つめていますが、その思いは変わりません。

現場での実感が、教育の言葉にも深く宿っているのですね。

介護福祉士は国家資格です。それゆえ、その理論化、専門性の確立、そして社会的な評価——どれもこれからの世代が力を発揮できる分野です。そして、介護に携わる人には、知識・技術・使命感、そして「人を見る力」が求められます。皆さんの手で、介護の未来をもっと豊かにしてほしい。その可能性を信じて、私たち教育者も挑戦を続けています。

社会福祉法人サン・ビジョンのチャレンジ

社会福祉法人サン・ビジョンは、愛知・岐阜・長野の3県に38施設・151事業所を展開する社会福祉法人です。1987年の創設以来、「時代に先駆けた質の高いサービス」を創造することにより、地域におけるその人らしい生活を支援しています。

尊厳を守り、
“その人らしさ”を支える
プロの介護へ

社会福祉法人サン・ビジョン

愛知県名古屋市東区葵3丁目25−23

https://sun-vision.or.jp/

介護を「プロフェッショナル」へ

 サン・ビジョンの原点は、1987年の設立にさかのぼります。当時は「措置制度」と呼ばれる時代で、介護は家族や行政が担うものであり、施設利用には後ろめたさがありました。しかし、2000年の介護保険制度導入により、介護は「専門職によるケア」へと大きく転換しました。

 その流れの中で、サン・ビジョンがいち早く取り入れたのが「ノーリフティングポリシー」です。1998年にオーストラリアで生まれたこの考え方は、介護現場での過度な負担が伴う状態で「人力での持ち上げ(リフト)」をなくし、適切な福祉用具やリフト機器を使って安全かつ尊厳のあるケアを実現する取り組みです。日本では2015年頃から徐々に広がりましたが、サン・ビジョンは早い段階からこれを導入し、職員と利用者の双方に優しい介護を実践してきました。

 ノーリフティングの目的は、単に「職員の腰痛予防」ではありません。利用者自身の身体機能を尊重し、「自分でできる力」を引き出すことにあります。そのために、介護ロボットやリフト機器、ICTを活用した記録システムなどを積極的に導入し、「安全」「快適」「自立支援」を同時に叶えるケアを推進しています。こうした取り組みの背景には、介護を“人の尊厳を支える専門職”と位置づける明確な想いがあります。

多様な人材を育み、地域とつなぐ

 深刻化する人材不足に対し、サン・ビジョンは2016年からEPA(経済連携協定)によるベトナムやフィリピンの介護人材を受け入れ、2022年以降は特定技能制度を活用して採用を拡大しています。日本語教育や国家資格取得支援を手厚く行い、外国人職員が安心して働ける体制を整えるとともに、日本人職員にも異文化理解やコミュニケーション研修を行い、共に学び合う職場を育てています。

 また、地域や教育機関との連携にも力を入れています。小学生の福祉体験授業や高校への出前講座、大学生の実習受け入れなどを通じて、介護を「特別な仕事」ではなく、地域に根差した人と人との営みとして伝えています。近年では「みんなの食堂」など地域住民が参加できる場を広げ、子どもから高齢者までが自然に交流できるコミュニティづくりにも貢献しています。

 少子高齢化が進む中、介護は社会を支える重要な基盤です。サン・ビジョンは、「その人らしさ」を尊重し、誰もが安心して暮らせる地域社会の実現をめざして挑戦を続けています。

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