#30 インクルーシブな社会づくり
子どもの“できる”を引き出す支援を。
──言語聴覚士として築く
多職種連携のかたち。
日本福祉大学付属クリニックさくら 言語聴覚士
飼沼 香菜子
(2013年3月 日本福祉大学中央福祉専門学校 言語聴覚士科 卒業)
飼沼香菜子さんは、言語聴覚士として日本福祉大学付属クリニックに勤務し、主に小児領域を対象とした言語発達支援を行っています。リハビリテーションの現場で子どもたち一人ひとりの特性に応じた言語訓練を提供するだけでなく、教育・福祉・家庭を含めた多職種との連携や、情報共有の仕組みづくりにも取り組んでいます。愛知県言語聴覚士会 小児連携部の一員として、支援者向け研修の企画運営にも携わりながら、「すべての子どもが自分らしく育つための環境づくり」に貢献されています。 飼沼さんに、「言語発達支援と小児の多職種連携」についてお話を伺いました。
社会課題
支援が届かない子どもたちをなくすために。
近年、発達障害と診断される子どもの数は増加傾向にあります。文部科学省の『令和4年度特別支援教育に関する実態調査』によると、通常の学級に在籍する児童生徒のうち約8.8%が、学習面や行動面で著しい困難を示しており、支援を必要としているとされています。特に「言語の遅れ」や「コミュニケーションの困難」は、子どもの社会的適応や学習に深く関わるにもかかわらず、支援の遅れや地域格差が課題となっています。
また、支援を担う立場の人々 -家庭の保護者、学校や園の先生、福祉施設の支援員などが、それぞれ異なる立場や環境で関わる中で、知識や情報の共有不足による支援のミスマッチも指摘されています。現場の支援者からは「子どもの特性に合った対応方法が分からない」「他の機関と十分に連携が取れていない」といった声も多く寄せられています。
発達障害のある子どもたちを取り巻く環境をよりよくするためには、診断・訓練といった医療的支援だけでなく、教育・福祉・家庭などが連携し、共通理解のもとで日常的な支援を積み上げていくことが不可欠です。そのためにも、支援者同士の学び合いの場づくりや、情報の見える化、知識の普及といった取り組みが、地域ぐるみの支援体制に求められています。
参考:文部科学省『令和4年度特別支援教育に関する実態調査』/厚生労働省『発達障害者支援施策の現状』
INTERVIEW
臨床と出会った“現場感覚”が、私の原点です。
言語聴覚士という仕事に出会ったきっかけと、そこに惹かれた理由を教えてください。
-
飼沼
-
言語聴覚士という職業を意識するようになったのは、市役所職員として勤務していたころです。障害のある方や高齢者の方と接するなかで、「どう伝えたら相手に届くのか」と言葉の選び方や伝え方を工夫する機会が多くありました。その経験を通じて、「言葉」や「コミュニケーション」が人との関係を支える大切な要素であることを実感しました。
その頃、母と話していたときに「そういう仕事が向いているかも」と思い、調べていくうちに“言語聴覚士”という専門職の存在を知りました。言葉やコミュニケーションに課題を抱える方々の支援を通して、その人らしい生活を支える仕事だと知り、強く惹かれました。そこで、より専門的に学ぶために日本福祉大学中央福祉専門学校へ進学を決めました。
卒業後は地域の総合病院に勤務し、乳児から高齢者まで幅広い方々と関わりました。臨床の現場は毎日が新しい発見の連続であり、支援の奥深さを学ぶ時間でもありましたね。
小児領域に進む決め手となった経験や、印象に残っている出来事はありますか?
-
飼沼
-
病院勤務時代に、小児の患者さんと関わる中で「自分の力に気づく瞬間」に立ち会う機会が多くありました。できないと思っていたことが、実は少しずつできるようになっていく。その変化を一緒に見守る中で、子どもが表情を変え、保護者の方も「できないわけではなかった」と気づかれる——そんな瞬間に立ち会えることが、私にとっての喜びであり、原動力になっています。
子どもたちは一人ひとり発達のスピードも理解の仕方も違います。だからこそ、対話や関わりの中から見えてくる“その子らしさ”に寄り添いながら支援を続けることに、やりがいを感じています。
「その子に合ったことを見極める」リハビリのあり方。
子どもたち一人ひとりに向き合う上で、現場で大切にしている支援のスタンスを教えてください。
-
飼沼
-
臨床で大切にしているのは、「一人ひとりの発達段階や行動特性、理解の仕方に合わせたアプローチを考えること」です。リハビリでは“その子の好きなこと”を優先するのではなく、“その子に合ったこと”を見極めることが大切です。そのために、まずは本人の状態を丁寧にアセスメントし、どのように理解し、どんな反応を示すのかを観察することから始めます。
言語聴覚士の支援は、発音を矯正することだけではありません。言語理解やコミュニケーションの力を伸ばし、相手とやり取りする力を育てていくことが目的です。対話の中で「伝わった」「わかってもらえた」という経験を積み重ねることが、子どもの成長につながります。
リハビリの中で意識している工夫を教えてください。
-
飼沼
-
「楽しい」「やってみたい」と子ども自身が感じられるような工夫を常に考えています。たとえば、絵本やおもちゃ、手作りカード、タブレットなどを用いて、言葉だけでなく視覚的・触覚的にも働きかけるようにしています。単に音や発音を練習するのではなく、子どもが意味を理解し、相手とやり取りする過程を大切にしています。
リハビリは“特別な訓練”ではなく、日常生活の中でのコミュニケーションを通じて力を伸ばしていく場です。子どもが自分のペースで少しずつ「できた」を積み重ねることができるように、達成感を感じやすい課題設定や、成功体験を共有する工夫もしています。
その積み重ねによって、子どもたちの表情や行動が変わり、自己肯定感が育っていく姿を見るたびに、この仕事の意義を感じます。目に見える成果だけでなく、“関わりの質の変化”そのものが支援の成果だと思っています。
その子らしさを尊重しながら、確かな成長を支える——それが、私の臨床の軸です。
“みんなで支える”ための情報共有のしくみを。
多職種で連携された印象的な経験があれば教えてください。
-
飼沼
-
これまでたくさんの関係機関と連携してきましたが、特に印象深いのは、医療・教育・福祉の各分野が連携して、一人のお子さんを支援したケースです。 言語聴覚士として私が検査とアセスメントを行い、その結果を文書にまとめて、学校や放課後デイサービス、ご家庭にお渡ししました。
専門的な情報を、それぞれの現場で使えるように工夫されたんですね。
-
飼沼
-
はい、専門的な視点からの提案ではありましたが、現場の方々が活かしやすいように意識して情報提供を行いました。その結果、関係機関の方々が私の提案を取り入れてくださり、それぞれの現場で支援方法が少しずつ変わっていきました。
「ここではこのやり方を」「ここではこの道具を使って」と役割分担もうまくいき、お子さんがぐんと伸びたんです。直接会って話し合う機会が少なくても、情報をしっかり共有することで、まるで輪を描くように支援が連動した。このときの経験は、私にとって大きな学びになりました。
多職種連携で大切にしている姿勢とは、どのようなことでしょうか?
-
飼沼
-
お互いの得意分野を尊重し合いながら、情報を共有する姿勢が大切だと思っています。医療・福祉・教育、それぞれの現場にはそれぞれの事情や限界があります。たとえば、学校の先生方には授業やクラス運営という大きな責任があり、福祉の支援者にはその場でしか見えない子どもの姿があります。私たち医療者も、日々限られた時間の中で子どもと関わっています。
それぞれの立場にしか見えない「子どもの姿」があるんですね。
-
飼沼
-
だからこそ、情報のやりとりが一方向ではなく、双方向であることが大事です。たとえば、保護者の方との会話の中で聞いた家庭での様子が、学校での配慮につながることもありますし、学校からの連絡が、私たちのリハビリ内容のヒントになることもあります。私はかつて、名古屋市の特別支援教育専門家チームに参加して、教育現場に足を運び、直接先生方とお話をさせていただく機会がありました。

現場に足を運ぶことで、提案の精度が高まるという実感もあったのですね。
-
飼沼
-
はい、現場を見ることで「ここではこれができる、これは難しい」といった現実を肌で知ることができ、提案の質が大きく変わりました。やはり、連携には“現場を知ること”が欠かせないと実感しました。
「できる」に気づき合える社会を目指して。
今後の取り組みについて教えてください。
-
飼沼
-
一人ひとりのお子さんにとってより良い支援ができるように、他分野の支援者との連携をさらに深めていきたいと考えています。現在、私は愛知県言語聴覚士会の小児連携部に所属し、小児領域に関する研修の企画・運営などに携わっています。そこで、教育・福祉分野の専門家も一緒に参加できるような勉強会を提案したり、横のつながりをつくるための仕掛けづくりをしています。
"職種を越えた学び合い"を育てる場づくりも、実践のひとつなのですね。
-
飼沼
-
特定の職種に限らず、子どもと関わるすべての人たちが、それぞれの立場から「支援者」として学び合い、情報を共有し合えるような環境づくり。それが、私の今の目標です。実際には、学校や家庭、福祉施設の現場で何が起きているかを知ることも重要で、相互に理解し合える関係性が、より良い支援につながると信じています。体調面で制限のある今だからこそ、発信や情報提供、後輩の育成といった新たなかたちで貢献できることも増えてきたと感じています。リハビリの知識や方法を、現場で実践しやすいかたちで届ける。そんな工夫をこれからも重ねていきたいです。
では、未来の支援者に向けて、伝えたいことはありますか?
-
飼沼
-
言語聴覚士という仕事の魅力は、「その人が持っている力に気づき、それを引き出す」ことだと思っています。困っている部分を補うだけでなく、得意なところを活かして「できた!」を増やしていく。それが、この仕事のやりがいですし、私がずっと大切にしているスタンスです。
最近では、自分自身も難病を患い、障害を持つ立場になりました。大きな困難ではありましたが、言語聴覚士としてこれまで学んできた「支援の視点」が、自分自身を支える力にもなったことに驚きました。
ご自身の体験を通じて、「支援される側」の視点にも立たれたのですね。
-
飼沼
-
正しい知識と工夫があれば、できることはきっと増えていきます。そして、これは支援者を目指す皆さんにも伝えたいのですが、「誰かの力になること」は、特別な人だけができることではありません。保護者も、先生も、地域の人も、それぞれの立場で“支援者”になれる。そのための知識や環境づくりを、みんなで少しずつ進めていけたらいいなと思っています。「違いがあるからこそ、支え合える」――そんな社会に、一歩ずつ近づけるように、これからも学び続け、発信し続けていきたいです。
日本福祉大学付属クリニックさくらのチャレンジ
日本福祉大学付属クリニックさくらは、耳鼻咽喉科とリハビリテーション科(言語聴覚療法)を備え、子どもから大人まで「耳・鼻・のど」や「きこえ・ことば」の困りごとに応える医療機関です。中耳炎やアレルギー性鼻炎などの一般診療に加え、めまい、いびき・睡眠時無呼吸、乳幼児のことばと聴こえの遅れの相談にも対応しています。
医療の現場から、
学びと知見を地域へ。
日本福祉大学付属クリニックさくら
名古屋市中区千代⽥4丁⽬5番3号
ブランシエール鶴舞公園1階(クリニックモール鶴舞内)

「必要なのに届かない」支援を、大学の資源でひらく。
クリニックさくらの出発点には、鶴舞エリアにある専門学校(言語聴覚士科)の教育資源を活用して続けてきた「ことばと聴こえの支援」がありました。地域の子どもたちを対象に、ことばの訓練や聴こえに関する相談を受け止めてきた一方で、医療機関ではない形態ゆえに、受け入れられる人数や体制には限りがありました。
当時、支援は社会貢献でありながらも自費負担が必要で、「本当は週1回の訓練が望ましいが、費用面で月1回に抑える」といった“ブレーキ”がかかってしまう現実もありました。ニーズは確かにあるのに、十分に応えきれない——その課題意識が、クリニック化へと背中を押します。
もう一つの理由は、大学としての挑戦です。教育・研究という資源はあっても、それが地域の医療や支援と立体的につながらなければ、学びも知見も社会に還元されにくい。医療と教育、そして将来的な研究連携までを視野に入れ、地域の課題に応える拠点として「クリニックさくら」は2018年度の立ち上げ準備を経て形づくられていきました。
開設にあたっては医師の確保に苦労しました。耳鼻咽喉科の医師でありながら、言語聴覚療法の領域も含めて試行錯誤し、教育的な視点も共有しながら関わってくれる人材は決して多くありません。だからこそ、医師・言語聴覚士を含む多職種が連携し、地域の相談に応える体制を丁寧に積み上げてきました。
臨床の知見を“学内”へひらき、研究と社会発信へつなぐ。
現在、利用者の中心は就学前の子どもたちです。発達障害“等”の背景をもち、ことばの遅れやコミュニケーションの困難さに悩む家族が、「発語を増やしたい」「やりとりできるようになりたい」と相談に訪れます。早い段階から支援につながりたいという声も多く、クリニックは“最初の相談窓口”としての役割も担っています。
一方で、クリニックさくらは子どもだけの場所ではありません。耳・鼻・のどの不調や、聴こえの悩みを抱える大人・高齢者も受診し、地域の身近な耳鼻咽喉科として診療を行っています。
次のテーマは、臨床で積み上がる知見を、教育・研究・社会へどう循環させるかです。現状、研究連携はまだ発展途上にあります。だからこそ、まずは「教育の場」として学内の教員や学生に開き、関わりを増やしていく。そこから研究の可能性を見いだし、実践の知見を整理し、エビデンスとして積み上げていく——その先に、社会への発信があります。
医療・教育・家庭がつながることで、支援は“点”ではなく“面”になります。ことばや聴こえの困難さは、普段の生活の中では見えにくいこともありますが、確かに地域の中に存在しています。誰もがそれぞれの背景を持ちながらも、地域で自分らしく暮らしていける社会へ。クリニックさくらは、日々の診療と支援の積み重ねを、学びと知見に変え、社会に還元する拠点として挑戦を続けていきます。
- 日本福祉大学付属クリニック
- 社会福祉