#3 地域の子育て支援
行政の施策と現場の支援者をつなぎ
地域の子育て支援を
発展させていく。

教育・心理学部 こども学科
渡辺顕一郎 教授
渡辺顕一郎教授は子ども家庭福祉を専門領域として、おもに子育て支援、障害児支援を中心に、早期支援や予防型支援をキーワードに研究を推進。横浜市を拠点とするNPO法人「子育てひろば全国連絡協議会」の専門アドバイザーをはじめ、外部の組織でも活躍しています。渡辺先生に、地域の子育て支援について話を聞きました。
社会課題
欧州各国よりも手薄な、日本の子育て支援政策。
少子高齢化の進む日本。この状態が続くと、2030年代には若年人口が現在の倍速で急減し、少子化は歯止めの利かない状況になると予測されます。そのため、国では少子化対策や子育て支援対策に力を入れています。たとえば、子育て世代への経済的支援として児童手当があります。これまでは中学生以下の子どもを育てる保護者が対象でしたが、ようやく2024年10月より高校生以下に延長されます。
しかし、欧州各国に比べるとまだまだ手薄の状態です。たとえば、フランスでは20歳未満まで児童手当が支給されますし、ドイツでは18歳未満までの支給ですが、大学や大学院に進学すれば、卒業まで支給が延長されます。金額を見ても日本より欧州各国が上回ります。
一方、日本のひとり親世帯の貧困率は深刻です。OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本のひとり親世帯の貧困率は48.3%で加盟36カ国中36位(男女共同参画局・男女共同参画白書 令和5年版・ひとり親世帯の貧困率の国際比較(子供がいる世帯(大人が1人)より)。国際比較においても、ひとり親家庭を経済的にバックアップできていない現実が浮かび上がります。
INTERVIEW
子育て家庭を地域で支える必要性。
先生が地域の子育て支援に関わるようになったのはどのような経緯からですか。
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渡辺
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私の前職は、四国の香川県の大学でした。1995年、ちょうど生まれたばかりの子どもを連れて、地縁も血縁もない香川県に移り住み、夫婦で子育てを始めました。私が転居した町は転勤族が比較的多い土地柄もあって、周囲から子育ての支えを得られない家庭も多く、孤立した子育てを強いられている母親が少なくないことに気づきました。そこで、自分たちの手で何とかしようと、2002年、地域の有志の人たちとNPO法人子育てネットくすくすを立ち上げ、小さな民家を借りて親子の居場所となる「子育てひろば」を始めて、さらに障害児を支援する児童デイサービス(現:障害児通所支援事業)なども手がけるようになりました。それが地域の子育て支援に関わるようになったきっかけです。
地方に転居して、祖父母や親族からの育児サポートが得られない状況だったわけですね。
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渡辺
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そうです。都市化・核家族化が進行する中で、子育て家庭の孤立は日本の社会全体の課題となっています。かつて三世代家族が多く、地域コミュニティのつながりも残っていた時代には、子育ては必ずしも母親だけがやるものではありませんでした。しかし、近年では「育児ストレス」「育児不安」などが社会問題になるにつれて、幼い子どもを育てる家庭が孤立し、支えが得られない状態に置かれている場合が少なくないことが明らかになってきました。さらに、父親が仕事で忙しく子育てに協力的でなければ、母親が一人で子育てに奮闘する「ワンオペ育児」と呼ばれる状況に追い込まれていきます。3歳児神話に象徴されるように、子どもはお母さんがそばで見るべきという保守的な価値観も残っているなかで、地域全体で子育てを支援する体制が必要だと考えました。

地域で子育て家庭に対する早期支援、予防型支援に取り組む。
「子育てひろば」という取り組みは、先駆的なものだったのでしょうか。
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渡辺
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私がNPO法人を立ち上げた2000年代の初頭は、そうだったと思います。少子化対策の一環として制度化され、1995年から開始された「地域子育て支援センター事業」とは別に、2000年代の初頭には民家や商店街の空き店舗などを活用して、幼い子どもとその親御さんたちが自由につどい、交流することができる「子育てひろば」と呼ばれる草の根的な取り組みが見られるようになってきました。こうした活動に取り組んできた先駆者たちは、子育て家庭の孤立を防ぐために、地域で親子が交流できる居場所をつくろうと頑張っている人たちでした。このような子育て支援者の方々との交流を通して、その方たちから「研究を通して、子育て支援の必要性を社会に発信してください」とエールをいただいたことが、現在の研究につながっています。
子育て支援に関して、先生はどのような研究をされているのですか。
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渡辺
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おもに地域子育て支援拠点における早期支援や予防型支援のあり方について研究しています。「子育てひろば」は「つどいの広場事業」として制度化された後、2007年度に、それまで別々に実施されてきた「地域子育て支援センター事業」と統合・再編されて、現在の「地域子育て支援拠点事業」となりました。この地域子育て支援拠点は、乳幼児とその保護者にとって身近な地域で子育ての相談に対応できるだけでなく、親子が気兼ねなく交流し、お互いに支え合うことのできる場として、2023年には全国で約8千か所に達しています。子育て支援の拠点施設として、「ワンオペ育児」と呼ばれる孤独な子育てを防止し、母親が育児不安やストレスなどを自分だけで抱え込まないように支援することは、児童虐待などの問題の発生予防にもつながります。また、子どもの発達に何らかの課題がある場合、親の「気づき」の段階から早期に支援を行うことが重要であり、このような早期の支援や、問題の発生を予防するような支援を地域子育て支援拠点が担うことが大事だと考え、研究に取り組んでいます。

子育て支援の場が広がることによってどんなメリットがもたらされますか。
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渡辺
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先にも述べたように、児童虐待の早期発見は大事ですが、問題そのものが起きないように努めることも必要です。地域に子育て支援の場がたくさんあれば、そうした問題の発生を地域のネットワークによって予防することができます。このような取り組みは、近年では「ポピュレーション・アプローチ」とも呼ばれ、市町村の母子保健や子育て支援事業に期待される重要な役割になっています。一方、障害児支援に関しては、発達障害の診断が確立され、その情報がインターネットなどを通じて広く知れ渡るようになるにつれて、子どもが幼い時期から発育や発達に不安を感じる親御さんたちが増えています。発達障害児の親御さんであれば、診断が確定する前から「この子は周りの子とちょっと違うな」と気づいていたり、育てにくさを感じていたりします。その気づきの段階から支援の手が差し伸べられることで、親御さんを早く支えることができる。そういった予防型支援、早期支援において、身近な地域に整備された子育て支援事業が、大きな力を発揮すると思います。
あらゆる子育て家庭を支援の対象に。
早期支援や予防型支援を必要とする家庭以外に、様々な子育てのニーズがある中で、とくに支援を必要する家庭がありますか。
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渡辺
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少し前まで、子育て支援というと、いわゆる専業主婦家庭がターゲットでした。たとえば1990年代の半ばには、3歳未満児のお母さんの就業率は4人に1人くらいで、共働き家庭よりも専業主婦家庭のほうが多く、しかも共働きの母親よりも専業主婦のほうが孤独な子育てに陥りやすく、育児ストレスが高い傾向などが研究によって明らかにされてきたからです。ところが、この30年間で状況が様変わりして、現在は3歳未満児の母親の6割以上が就労しています。そこで、専業主婦家庭を対象とする「在宅育児支援」にとどまらず、共働きを含めたあらゆる家庭を支援しなくてはならないという観点から、支援の見直しが図られるようになってきました。近年、共働きが急速に増えた背景には、この30年間、実質的に賃金がほとんど変わらないどころか下がっているという状況があり、共働きでないと生活できないという若い世代の現実的な問題があります。
なるほど、若い家族にとって経済的な問題が大きいわけですね。
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渡辺
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近年、子どもの貧困対策が重要な課題となっています。とくに貧困に陥るリスクが高いのは離婚による母子家庭です。日本では、ひとり親家庭の相対的貧困率が5割弱もあり、先進諸国との比較において最貧レベルです。貧困は、子どもの生活水準だけでなく、子どもの高等教育への進学にも影響を及ぼす問題であり、教育の機会保障という観点から見ても対策が必要です。政策的に経済的に困窮する母子家庭などをバックアップすることが重要ですが、地域子育て支援拠点などの身近な子育て支援事業も、このような様々なニーズを抱える家庭に対して支援を拡充していくことが求められています。

国と市町村と支援者を結びつけていくために。
地域の子育て支援を続ける上でどんな課題があるとお考えですか。
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渡辺
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地域の子育て支援は、国が方向性を示して制度をつくり、住民にとって身近な基礎自治体である市町村が、子育て家庭のニーズに沿ってわが町に相応しい支援を考え、国の制度を活用して具体的な支援のメニューを整備していきます。そのメニューを上手に使いこなして、現場の支援者の人たちがサービスという形に代えて提供していく。それが理想の形です。しかし、実際はまだその体制がきちんと組み立てられていないように感じています。少子化が加速度的に進行する中、国は国の立場で相次いで制度をつくり、あるいは制度を次々に改正するため、市町村のなかには相次ぐ制度の変更についていくのがやっとで、混乱している場合も散見されます。結果的に、直接的にサービスを提供する支援者たちもうまく活動できないケースが見られるように感じています。
改善するにはどんな試みが必要でしょうか。
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渡辺
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まず、子育て当事者である親御さんたちの意見や、「こんな人が困っていてこんな支援が必要だ」という現場の声を各市町村がきちんと吸い上げます。そして、「こんな制度があれば、市町村も支援しやすくなる」という意見を国にフィードバックしていきます。国はそのフィードバックに基づいて、子育て支援の全体的な方向性を検討し、制度を創設したり適宜改正していくなど、ボトムアップ型の制度設計が今よりも必要なのではないかと考えています。
現場の声を吸い上げることが大切だということですね。
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渡辺
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そうです。たとえば「こども食堂」はもともと地域の中で、ひとり親家庭や生活困窮家庭などの中に、親が仕事に追われて子どもがご飯を満足に食べていなかったり、孤食を強いられている場合があることを知った地域の人たちが、支援の手を差し伸べたところから草の根的に広がってきました。それを、市町村が応援し、最近になって国も予算をつけるようになって事業化されてきた経緯があります。しかし、それでも制度が現場の実践にフィットしないなどの課題が残されています。本来は、地域住民に近い支援者の声と市町村と国の三者をつなげるために課題を見出し、その解決策を研究し発信するのが、研究者の大切な役割だと考えています。私自身の目標としては、地域の子育て支援や障害児支援の分野を中心に、この三者のつながりを円滑にするために、これからもアンテナを広げて活動していきたいと思います。

(福)雲柱社のチャレンジ
社会福祉法人雲柱社(うんちゅうしゃ)は、キリスト者であり社会事業家だった賀川豊彦氏によって設立された法人です。賀川氏の思想と実践を継承し、時代の要請に応え、東京都内の地域の子どもたちの支援を中心とした、さまざまな社会福祉事業を展開しています。

賀川豊彦氏の志を受け継ぐ、幅広い支援事業。
賀川氏は若い頃、神戸のスラム街に身を投じて貧しい人々の救済活動に取り組みました。そこで、子どもたちが身売りさせられるような悲惨な現実に直面し、国連の「子どもの権利に関するジュネーブ宣言」に先駆け、「6つの子供の権利」を提唱しました。
そんな賀川氏の思いと実践を受け継ぐ社会福祉法人雲柱社は、地域の子どもたちの成長を支える「保育園事業」からスタート。その後、障害がある人の成長と暮らしを支援する「障害児・者支援事業」、放課後の子どもたちの居場所をつくる「児童館事業」、そして、「子ども家庭支援事業」を次々と展開し、現在、東京都内に約100施設、職員約2000人を抱える組織に成長しています。

これが社会福祉法人雲柱社の起源となった。
子育て中の保護者を肯定し、支えていく。

同法人でもっとも新しい事業が、1999年からスタートした子ども家庭支援センター事業です。具体的には、7つの市区に10カ所の子ども家庭支援センターと2カ所の子育て支援事業(指定管理あるいは委託事業)を設置。各センターでは総合相談、子育てひろば、一時的保育等をサービスの軸において、子どもと家庭を包括的に支援しています。たとえば、子どもの発達に関する相談があると、「子育てひろばに遊びにきませんか」と呼びかけ、母親同士の交流を促したり、相談に応えています。また、育児疲れの相談があれば、「ちょっと、お子さんを預けてみませんか」と持ちかけ、一時的保育のサービスにつなぎ、保護者がリフレッシュできるように促します。このように複数の支援メニューを組み合わせてサポートできることが、同法人の強みになっています。
子育て支援において、同法人のスタッフが大切にしているのは、不安を感じている保護者の気持ちを、そのまま受け止めること。一人ひとりの悩みに寄り添い、一緒に解決策を考えていく姿勢が、多くの保護者から共感と信頼を集めています。今後の課題は、多様化する保護者の働き方にいかに対応していくか。そして、孤立しがちな保護者の不安をどのように支えていくか。夜間や休日に働く保護者を支えるための体制づくりの検討、いつでも相談できる仲間づくりの支援など、さまざまな角度から、子育て中の母親、父親を支えていく考えです。
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