#23 生涯現役のための健康
いくつになっても
健康で働き続ける社会を
理学療法学専攻が支えていく。
健康科学部 リハビリテーション学科
浅井友詞 教授
浅井友詞教授の専門は、神経科学一般、リハビリテーション科学、形態・構造、運動器理学療法、ヘルスプロモーション (健康増進)。理学療法士として専門学校の立ち上げや運営に携わった経験、そして、米国ロマリンダ大学保健学部非常勤准教授として米国で活動した経験などをベースに、社会で必要とされる理学療法について研究と実践を続けています。
社会課題
変わる働き方。生涯現役社会をめざして。
日本では今、急速に少子高齢化が進んでおり、2050年には総人口が約20%減少し、生産年齢人口も大きく減ると予測されています。高齢者の割合は約40%に達し、要介護者も増加。このままでは、経済や社会の維持が困難になると懸念されています(※1)。
そうした中、国がめざしているのが「生涯現役社会」。健康で意欲と能力のある人が年齢に関係なく働き続けられる社会です。実際に、60歳を超えても働きたいと考える人は8割を超えており、高齢期の就労ニーズは年々高まっています。一方で、加齢による身体機能の低下が転倒や転落などの労働災害につながっており、安全・健康に働ける職場環境の整備が課題となっています。そこで注目されているのが「エイジフレンドリー」な職場づくりです。
本来、エイジフレンドリーとは高齢者を対象とした考え方から、年齢や体力の違いにかかわらず、すべての人が安全に、無理なく働ける環境を整えるという発想に立つものです。
一方で、近年の国内調査では、子どもや若年層においては、持久力や筋力など複数の体力指標で低下する傾向がみられることが報告されています。また、日常的な運動習慣を持つ若者の割合は必ずしも高くなく、若い世代のうちから身体活動量が不足している現状も指摘されています。こうした体力低下や運動不足は、将来的に生活習慣病やメンタルの不調、就労後のケガや労働災害につながる可能性があります。生涯にわたって健康に働き続けるため、若いうちから身体機能を正しく理解し、適切な運動や健康管理に取り組むことが、基盤になるのです。年齢に応じた配慮ある環境づくりは、高齢者の労災予防にとどまらず、若年層の健康維持やパフォーマンス向上にもつながります。このような健康づくりへの投資は、作業ミスの軽減や業務効率の向上といった点でも、企業の経営戦略において重要性を増しており(※2)、世界水準の労働環境が望まれています。
※1 出所:2024年3月、経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課
※2 出所:2020年1月、人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議報告書 〜エイジフレンドリーな職場の実現に向けて〜
INTERVIEW
「予防理学療法」という新しい学問領域との出会い。
先生は、どのようなきっかけから「生涯現役社会の健康づくり」という分野に興味をもたれたのですか。
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浅井
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私はもともとスポーツ選手の理学療法に興味があり、名古屋市立大学病院リハビリテーション部に勤めていたときから、プロ野球選手、オリンピック選手の理学療法に関わっていました。その頃、医師から「日本体力医学会」があることを教えていただいて講習に行くようになりました。この学会は体力やスポーツ医科学に関する研究をする学会で、持久力、筋力、免疫、メンタルヘルスなどに関わる研究家が集まります。そこで、予防医学から競技スポーツまで幅広い領域について学ぶことができました。当時、理学療法士が体力づくりに関わる機会はほとんどなかったので、すごく興味をもちました。その後、アメリカの大学で学んでいたときに「予防理学療法」という講義に出会いました。予防理学療法とは、病気やけがを防ぐための療法や研究を指しますが、そのなかには、健康診断からメンタルヘルス、職場の健康管理と運動、職場の環境づくりまで含まれ、それらを指導するのが理学療法士、作業療法士の仕事なんですね。アメリカでは日本よりもずっと前から理学療法士が職場の健康づくりに携わってきたわけで、大いに心が動かされました。
予防理学療法はいずれ日本でも必要になる、と思われたのですね。
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浅井
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はい。たとえば、メタボリックの人に対する運動療法、頚部痛や腰部痛の予防などに理学療法士が関わることは非常に有用だと考えました。また、2013年、理学療法士の名称で、医師の指示なく、介護事業における腰痛防止や転倒予防に取り組んで良いという通達が厚労省から出されたんですね(※)。それを機に、介護予防のみならず、予防領域で理学療法士が活躍する世界が広がっていきました。
※2013年11月27日、厚生労働省医政局医事課長から各都道府県医務主管部(局)長宛てに出された、理学療法士の名称の使用の通知には、「理学療法士が、介護予防事業などにおいて、身体に障害のない者に対して、転倒予防の指導などの診療の補助に該当しない範囲の業務を行うことがあるが、このように理学療法以外の業務を行うときであっても、理学療法士という名称を使用することは何ら問題でないこと」、「また、診療の補助に該当しない範囲の業務を行うときは、 医師の指示は不要であること」が記載された。
一歩先をゆく、諸外国の健康経営トレンド。
職場の健康サポートについては海外が先行しているのでしょうか。
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浅井
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そう思います。従業員の健康増進を、将来の収益につながる投資と位置づけ、従業員の健康管理を戦略的に実践することを「健康経営」といいますが、海外ではそれを企業文化やビジネスモデルに組み込んでいる事例が多くみられます。たとえば、アメリカでは職場内でフィットネスプログラムを提供したり、精神面の健康支援を行ったりする活動が進められています。また、北欧諸国ではワークライフバランスを健康経営の大きな柱として、ストレスの低減、仕事への満足度の向上、病気の予防などで成果をあげています。一例をあげますと、理学療法士が従業員の健康をチェックし、それぞれに適した運動メニューをつくります。従業員は1時間半〜2時間くらい仕事したら社内のトレーニングルームで、理学療法士のつくったメニューに従ってトレーニングして、また職場に戻る。そういう習慣が定着しています。
健康経営に関する日本の取り組みはどのような状況ですか。
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浅井
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日本でも近年は一部の企業が従業員の健康管理に熱心に取り組むようになりました。従業員のメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は、約24%(2002年)から約34%(2007年)、そして約59%(2020年)に増加しています(厚生労働省より)。また、少子高齢化の進展を背景に、国は「生涯現役社会の実現」に向けた政策を打ち出していますし、年齢に関わらず従業員が働き続けるための「エイジフリーガイドライン(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン)」が策定されています。しかし、コンサルテーションに終わり実践に結びついていないケースが多いのが現状です。
理学療法士だからつくれる運動プログラムの提案。
エイジフレンドリーガイドラインとはどういうものですか。
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浅井
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これは2020年、厚労省から出されたもので、働く高齢者の特性に配慮した職場づくりをめざすものです。大きく分けると3つあります。1つは、職場の環境整備、段差や滑りやすい床などの改善です。2つ目は、メタボリックなど高年齢労働者の健康チェック。3つ目は、転倒予防や腰痛予防など高年齢労働者の健康や体力に応じた取り組みです。この3つ目の労働者の転倒や腰痛などの防止、労働者の健康保持増進の取り組みに対しては、2024年度エイジフレンドリー補助金も出されました。私もその取り組みに参加し、補助金の申請に必要な運動療法のプログラムを作成し、企業のサポートに取り組みました。
具体的にはどんなサポートをされたのですか。
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浅井
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まず、対象とする会社の従業員の方の健康チェック、身体機能評価を行います。その結果を踏まえ、理学療法士が直接、仕事の内容や身体の状態に合わせてトレーニングメニューを説明し、実際に動きを確認しながら指導します。そのうえで、ご本人が継続して取り組めるように個別のトレーニングメニューをお渡しし、1〜2週間に1回程度、職場を訪問して、実践状況を確認しました。運動ができていない方や不安を感じている方には、フォームの修正や負荷の調整などを行いながら、無理なく続けられるよう継続的にサポートさせていただきました。
ここで重要なのは、業務の内容や従業員の方の体力などにふさわしいメニューを実践していただくことなんです。実は、YouTubeなどを参考に自己流でストレッチしたり、ジムで筋力強化したりする方が多いのですが、それだと自分が本当にしないといけない適切なトレーニングができないし、ケガされる方もいるんですね。
そうしたリスクを防ぐためにも、理学療法士が職場の状況を把握したうえで、正しい動きや考え方を含めて指導することが大切だと考えています。

トレーニングの継続的な取り組みを。
実際に、エイジフレンドリーな職場づくりをサポートして、どのような課題が見えてきましたか?
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浅井
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今回、企業の従業員さん25人を対象に腰痛予防などのトレーニングをしましたが、そのうちの2人がプライベートで問題が発生し、これは想定外でした。1人は子育て中の女性で、とても忙しい毎日を送っておられたんです。洗濯物をしまうときに体勢を崩して、ぎっくり腰になってしまった。最初の評価の段階で、もう少しプライベートも含めた個別のリスクを把握し、メニューに反映させる必要性を感じました。もう1人は、旅行中の転倒です。この方は糖尿病をお持ちで、足の感覚が鈍り、平衡バランス機能も落ちていましたが、あまり熱心にトレーニングされていなかった。でも、この転倒を機に、私のつくったメニューに取り組んでくださり、その後、平衡バランス機能がかなり改善しましたので、よかったと思います。
最後に、今後の目標をお聞かせください。
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浅井
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今回の取り組みは、継続して取り組んでいくことが重要です。そこで、企業の協力を得て、従業員の方がこれからずっとトレーニングを続けるようなアプリの開発に取り組んでいます。学生たちや現職の理学療法士と一緒にトレーニングの動画を撮影し、編集しているところです。アプリの完成後は従業員の方がトレーニングを続けることでどのような効果が出るか、追跡調査をして検証していく計画です。また、健康経営に取り組んでいる企業の中でも、トレーニングまで実践しているところは多くありません。大半は、血圧計や筋肉量・体脂肪量を測定する装置を職場に設置することや、病院に行きやすい環境を整えるにとどまっています。そういう企業にも働きかけて、私たち理学療法士がトレーニングブログラムをつくってお手伝いしていきたいですね。いずれにせよ、これからは60歳以上の方に働いていただかないと、社会が回っていかなくなるわけですね。高齢になると誰でも病気になるし、認知機能や注意力も落ちて、職場での事故も増えていきます。そうした事故を防ぎ、誰でも高齢になっても健康に働き続けられる社会に向けて、理学療法士の専門能力を存分に発揮していきたいと思います。
(株)ビーライトグループのチャレンジ
設備事業を中心に多角的な事業に取り組むとともに、次世代エネルギーのインフラ整備を通じてSDGsに貢献する (株)ビーライトグループ。社員の健康管理を経営的な視点で考え、一人ひとりの健康づくりに取り組んでいます。

社員それぞれに適した運動プログラムを実践。
(株)ビーライトグループでは、数年前から健康経営の重要性を認識し、対策について検討を重ねてきました。社員たちの主な職種は、営業職、事務職、プロジェクトマネジメント職(建設工事作業の管理)など。内勤のデスクワークの人はもちろん、外回りの人もクルマで移動することが多く、運動不足を実感する声が多く聞かれていました。また、毎年若い社員も入社してきますが、会社の創業当初から関わってきた社員は高齢になり、40、50代になると健康診断で要再検査となる人も増えてきました。
こうした背景から、同社では2024年7月より大学の理学療法士チームのサポートを受けて、20代から60代にわたる全社員を対象にした本格的な健康づくりを進めることになりました。はじめに、一人ずつ簡単な筋力テストを行い、それぞれにふさわしい運動プログラムを作成。たとえば、伸縮性のあるゴム状のエクササイズグッズを用いたストレッチや自分の重力を使って体をほぐす自重ストレッチ、体幹トレーニングなどを組み合わせたメニューを、勤務時間内に10〜20分程度行うようにしました。運動の成果は、月に2回、理学療法士がサポートする仕組みで、継続して取り組んでいきました。
ライフスタイルの見直しに着手する社員も。
この運動プログラムをスタートして約9カ月間。社員からの反響は上々です。たとえば、「ストレッチを続けたら、長年の悩みだった腰痛から解放された」「何もないところで転んだり、つまずくことがなくなった」「運動を機に食事を含めたライフスタイル全体を見直して、ダイエットに成功した」など。体が軽くなったことを自覚する人もみられ、イキイキと仕事に励む社員が増えました。
今後の課題は、どうしても運動習慣が定着しない社員や、運動を諦めがちな高齢社員にどのようにアプローチしていくか。1年後を区切りとして、理学療法士チームが個々の運動プログラムを検討し、それぞれに適した新しいプログラムをスタートさせる計画です。また、同社ではこれまでも社員の運動会、ボウリング大会、ゴルフコンペなど体を動かすイベントを開催してきましたが、これからも健康づくりに役立つ機会を積極的に用意していく予定です。
最終的な目標は、社員全員が明るい顔色で仕事に取り組むことができて、病気を患うことなく、長く働けるような労働環境をつくっていくこと。そんな活力に満ちた企業をめざし、同社はこれからも社員の健康づくりを強力に後押ししていく考えです。
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