36℃の言葉。あなたの体温を伝えてほしい。 2016年度 日本福祉大学
第14回 高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集
学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 ひと・まち・暮らしのなかで
第2分野 スポーツとわたし
第3分野 日常のなかでつながる世界
第4分野 社会のなかの「どうして?」
学校賞
 
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入賞者発表
第1分野  人とのふれあい
審査員特別賞 たった一人のお客さん
鳥取県立鳥取湖陵高等学校 三年 藤田 実優

 「ミーンミン」今日もまたこの音に起こされた。家の中なのにじんわりと額に汗をかいて、決して目覚めの良い朝とは言えない。

 夏休みの今、部活動の準備をして自転車で駅まで向かわなければならない。駅までは十分だが、夏の駅までの十分はとても長い。太陽を地肌に感じ、生暖かい風、流れる汗、学校に着くまでに疲れてしまう。夏という季節は嫌いだ。吹奏楽部であった私は、屋内での活動であったが、扇風機の風も生暖かく、とても心地良いとは言えなかった。午前中から昼の一時までの部活動が終わった。そして、朝と同じ道を朝よりも暑い太陽と闘いながら家へと向かう。家に着くと、まず冷たい水で顔を洗う。一気に涼しくなる時間だ。ひと通り休憩をすると、私は和室へ向かう。そこでピアノを弾く時間が私にとって一番安らぐ時間だ。窓を開け、弾き始めると不思議と夏の暑さも感じない。心地良い風とともに、自分の奏でている音が流れている。

 「コロコロ」という音が外から聞こえ、私の家の前で止まる。「あ、来た」と私は思う。お昼過ぎ、いつも散歩をしているおばあちゃんは、必ず私のピアノを聴いてくれている。どこの家のおばあちゃんかも分からないが、毎日、手押し車を止めて腰をかけて聴いてくれる。私のたった一人のお客さんなのだ。おばあちゃんが来てくれたことが分かると、私は、おばあちゃんに届くように、まるで発表会かのように弾く。おばあちゃんの方を横目で見ると、目を瞑り笑顔を浮かべている。私は、そのことがたまらなく嬉しくて、毎日部活動から帰ると、和室に駆け込む。三十分程しか弾かないが、おばあちゃんは弾き終わるまで聴いてくれている。

 夏休みが終わりに近づいたとき、私は窓を開け、「こんにちは」と初めて声をかけると、「いつもありがとうね」とおばあちゃんは言ってくれた。私は、「こちらこそ」と一番の笑顔で伝えた。

講評

 具体的な体験や行動をもとに書かれたエッセイである点を評価しました。この作品を強く推す審査員がいたことも、審査員特別賞に選んだ理由です。第1分野は家族や友達といった知人との関係を書いた作品が多いのですが、この作品は「どこの家のおばあちゃんかも分からない」し、名前も知らない見ず知らずの人との心のつながりを描いています。その作者ならではの視点が良かったと思います。また、作者が弾くピアノの音をじっと聴いているおばあちゃんの姿が、1枚の絵のように浮かんでくる描写力が、この作品の魅力を高めています。

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