金融教育と債務管理

金融リテラシーがあれば何とかなる

 「金さえあれば、何とかなる」と、作中の人物に思わせたのは菊池寛だったか。文字通りに受け止めるかどうかはともかく、お金の問題は自分の生活に直結する。金融広報中央委員会「金融リテラシー調査」(2016年)は、18~79歳の62.4%が「学校で金融教育を行うべきと考えている」と報告している。金銭の問題は、人生を左右しかねないからかもしれない。

 しかし、学校や勤務先で金融教育を受けた人の8.1%が「振り込み詐欺や多重債務などの金融トラブル」を経験したと回答している。金融トラブル経験者は全体の5.9%なので、「金融教育を受けても、何ともならないのでは」と思えてくる。

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 金融教育を受けても、基礎知識(金融リテラシー)が身につかなければ、活用はおぼつかない。先ほどの調査では、金融リテラシーを習得した層の金融トラブル経験は5.0%にとどまるので、リテラシーの形成がトラブル回避のカギを握ると示唆される。「金融リテラシーがあれば、何とかなりそう」である。

 しかし、高リテラシー層でも20人に1人がトラブルを経験している。リテラシーの高い人の陥る落とし穴は何か。ドイツ経済研究所のティム・カイザー氏らは、金融教育と家計管理との関連を扱った126件の研究を包括的に調査し、債務管理に対してはリテラシー形成の効果が現れにくいと指摘する。

 住宅ローンを例にとると、リテラシーが豊富な人ほど、購入物件の高値売却を見込んで、リスクの高いローンを選択する傾向にあることが海外の研究で示されている。リテラシーの高い層は書籍やインターネットなどの情報を活用するが、取得する住宅ローンのリスク緩和にはつながりにくいようである。商品内容が複雑で、長期借入のリスクもある住宅ローンの知識は、金融に関する基礎知識だけでは対処しきれないとも言われる。

 では、リテラシーを高めても適切な債務管理は期待できないのか?再び住宅ローンを取り上げると、リテラシーの低いローンの借り手は、債務不履行に陥った場合の負担、たとえば、住宅を売却しても債務が残る場合の追加請求や信用情報への影響、生活の変化などに対する見通しの甘さが指摘されている。また、金融トラブルのように損失が避けられない局面では強いストレスが当事者にかかり、さらに損失を招く判断を下すとの研究もある。リテラシー不足による甘い見通しでの判断が、損失の拡大に拍車をかけるのは想像に難くない。

 カリフォルニア州立大学の知念賢一郎教授と研究を行ったところ、リテラシーの低い住宅ローンの借り手は、リテラシーの高い借り手よりも債務不履行に陥りやすい上、残債務の追加請求が見込まれる状況でも債務不履行の回避傾向が弱いことが確認された。金融リテラシーは万能薬ではないが、債務問題が不本意な事態に陥るのを防ぐには有効と思われる。その意味で、債務管理に対しても「金融リテラシーがあれば、何とかなる」のではないか。