3)結果と考察:描画結果および口頭報告結果に基づき,各触マークの認識率を算出した.認識率の高低により,易認識パターン(認識率80%以上:図1)と,難認識パターン(同50%以下:図2)とを抽出し,その特性を検討した.両パターン群に対する多面的な属性分析から,1)全体が一つのまとまりになっている単純なパターン,2)ピクトグラムとしてよく普及しているなじみのあるパターン,に対する認識率が高くなる傾向が認められた.これらの結果から,既存のピクトグラムを触図に転用する際には,単純なパターンで表意できるようにその構成を検討する必要があることが確認された.さらにはピクトグラムの細部構造が触図全体の配置の認識の妨げになるという報告をした被験者が複数名存在した.このような事態を防ぐために,ピクトグラムに対しローパスフィルタリングを行うことにより高空間周波数成分の除去を行い,その処理画像を立体コピーすることにより触図を作成することを試みた.予備的な実験の結果,比較的複雑なピクトグラムの場合は,原画をそのまま触図化するよりも,ローパスフィルタ処理を行った画像を用いた場合の方が,認識の容易性が向上する効果が認められた.


 また,本実験と同一の方法を用い,先天性の全盲者(1名)を対象に触図認識実験を行った.視覚経験をまったく有していない被験者であったが,イスや机等の,日常頻繁に接していて,しかも触覚によりその対象の実際の形状認識を容易に行えるものであるのなら,触図化されたピクトグラムにより対象の判別がある程度可能であることがわかった.前述したように,今回の研究は中途失明者をその適用範囲としているものではあるが,先天性の視覚障害者にも応用することが可能であることが示唆された.今後その方策の詳細について検討する必要がある.

 

 

【実験2 触シンボル(タクティコン)の検討】
・目的

 実験1の結果,ピクトグラムを用いた触図コミュニケーションには,細部の情報表現の点において根源的な問題点が存在することが明らかとなった.そこでより単純な図形で視覚障害者向け情報表示を行うために,アルファベットおよび単純な幾何学図形を触図化し,それらを表意シンボルとして用いる方略を検討した.実験1で検討した触マークとは異なり,本実験で検討する触シンボル単体では利用者に意味内容を伝達することができない.触シンボルを用いる際には,そのシンボルが何を意味するのかの対応表を別途設置し,それと照合しながら意味読解を行うこととなる.その点において,触マークと比較すると利便性が劣ることとなるが,1)より単純な触図形であるので,触認識の際の利用者の負荷が少ない,2)少数の重要な表意対象に関しては,触シンボルの規格化をおこなうことにより直接的な利用が可能となる,等のメリットも有する.
 通常駅等の案内図において視覚障害者向けの情報伝達を行う際には,触地図上に点字で番号(数字)を表示し,その番号が何を意味するのかを対応表を用いて提示することが多い.しかしながら,前述のように中途失明者の多くは点字を解することができず,触パターンとして点列を認識せねばならず,触認識に大きな困難を感じている.そこでそれらの点字表示の代わりに,アルファベットや○や□などの単純な幾何学図形を触シンボルとして用いる方式を検討する.本実験においては,触シンボル化されたアルファベットや幾何学図形の触認識率を測定し,フォント形状やフォントの大きさを変数として,触シンボルとしてふさわしい図形の同定を行うことを目的とする.
・実験内容
1)触シンボルの作製
:実験1と同様に立体コピーを用いて触シンボルを作成した.アルファベットを用いた触シンボルにおいては,フォント形状として「Arial Unicode MS」,「Microsoft Sanserif」,「Times New Roman」,「Verdana」の4種類を設定した.フォントサイズは24ポイントで固定し,Windows OS上でフォントをラスタライズし,ページプリンタ(Fuji Xerox製FX DocuPrint 280 ART)で印字出力したものを立体コピーにより触図化した.幾何学図形に関しては,○□△☆の4種の基本図形に対し,線描画,塗りつぶし,同心描画,外環塗りつぶし,内環ぬりつぶしの5種類の描画操作を行った,計20種類の図形を用意した.幾何学図形のサイズは96,48,24ポイントの3種類設定し,アルファベットと同様の手続きを用いて触図化した.
2)実験方法:実験方法は実験1に準じた.実験1に参加した被験者とは異なる視力健常な大学生7名(男性6名,女性1名)が実験に参加した.被験者はアイマスクで遮眼した状態で触図を指先で確認し,その図形が何であるのかを口頭で回答した.
3)結果と考察:表1にアルファベットを用いた触シンボルの認識正答率をフォント形状ごとに示した.Arialの認識率が最も高く,ついでSanserif, Times, Verdanaの順で正答率が低下した.

表1 フォント形状ごとの正答率

フォント形状
正答率(%)
Arial
70.3
Sanserif
64.3
Times
62.1
Verdana
57.1

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Copyright(C):2006, The Research Institute of System Sciences, Nihon Fukushi University