2. 技術課題
 様々な製品設計等プロセスを機械化する為にユーザー毎に異なる経験知 (技術・ノウハウ・思考パターン)を活用するデジタルマイスター型業務支援システムを, 従来のエキスパートシステム開発によるルールベース型のシステムでは, 知識の汎用性・機能の拡張性・業務導入の即効性の面から妥当では無いとした. エキスパートシステムを開発するには, エキスパートシステム開発ノウハウが必要となり, 各種産業に受けいられるとは言えない, むしろ特定分野のアプリケーションにしかなり得ない結果が懸念される.
 知識獲得を柔軟に, そして, デジタルアーカイブの一種として自然に且動的に変化する職能的な知識を専門家から得る為の手法が必要である. この点を中心に本研究の技術的課題を列挙する.  

A. 一般的な専門知識と経験的知識の弁別
B. 自動的な知識構造化
C. 実行と表現
D. 人工知による判断結果の評価及び保証
E. 獲得した知識の公開に関する基本的な知的所有権の保護
F. 知識運用に関する課金
G. メンテナンス

 A, B, C については 2000 年〜2001 年にて完了. 残りは 2002 年度に予定している課題である. A. 一般的な専門知識と経験的知識の弁別は, 手法として確立している知識と個人の経験知を知識獲得時にどのように分けるかという技術課題である. 知識構造を事前に用意する事が出来る場合の弁別は人工神経回路網(ニューラルネットワーク)利用の判断機能が有効であるが, 本件は事前に学習させる事が困難な対象が多い為, 事例学習手法を採用した.
 事例学習は先ず, 問題要素を属性分解, 条件と結果のレコードを事例とする. そのレコードの属性に値を入力, これを事例とし蓄積する事により事例データベースを構築する. 集合知を扱う場合, 個々の個人別事例データベースを統合, これを集団知データベースとする. それぞれの事例データベースを統計的手法による決定木を自動生成. このプロセスが B. 自動的な知識構造化となり, 事例から純粋に得られる条件に対する結果を誘導するルールとして出力する. このルールの C. 実行と表現は VR(Virtual Reality)化された対象に対してマッチング, 導き出し結果から指定されたプログラムを VR 内で実行, VR 内のルールシミュレーションによる結果を出力とする. また, 個人知によるルールと集団知の弁別はシミュレーション時に集合計算によって何れかを制御する事を可能とした. 2002 年度の研究は, 事例学習による人工知 (ルール) について D. 人口知による判断結果の評価及び保証を必要と考えている. この場合の保障とは, 事例学習機能の制度保証も含む. また, 事例獲得のネットワーク対応も本年の課題である為, E. 獲得した知識の公開に関する基本的な知的所有権の保護 F. 知識運用に関する課金には周辺課題を含み, 多くの問題を解決しなければならない. これは個人知や一定の集団知に関する, 知的所有権は比較的明確にする事が可能であるが, 利用者全体の集団知識の場合困難といった問題である. また, ネットワーク対応は, E. F. の課題に対して自動的な, G. メンテナンスが必要である. このような実質的な運用に関する機能の充実を 2002 年度の研究課題としている.

 


3. 実験課題
 実験課題として, 各種産業が培ってきた技術・技法の伝承と活用を推進する為の情報社会システムとして生産技術系デジタルアーカイブとしてのプラットフォームの役割を実験する事も課題である. 対象産業の職人ノウハウのデジタル共有化を意味し, 先人達の技術開発の歴史を保存する事である. そして, 今後の生産工程とりわけ製品デザイニングへの活用を考えた BPR ツールとして, 「ものづくり」 のイノベーションへ繋がる具体的な開発が本研究開発の意味である. 当地域は陶磁器産業が盛んな地域でもある. しかし陶磁器業界関係者は, 伝統技法や複雑な技術の伝承を困難と考え, 陶磁器生産技法は絶滅する可能性が高いと言う. その憂いを危惧する技術者は高齢のベテランが多い. 陶磁器技術の個々は, 一度消失すると再現(復元)する事の困難な技術の一つ. 現在迄に大量生産の影に絶滅してしまっている技術も少なくはない. また, この技術を支えてきたのは職人であり, 経験的に習得した知識・技能は個々の技術の蓄積である. 近年陶磁器研究は絶滅の方向へ向かっている
 技能を伝える職人が少なくなってきている事と, 生活の多様化による多要求への対応はコスト的に困難とされている. 陶磁器業界の内, セラミック製品として食器・建材を生産する事業者総数は 8,175 社であり, 食器関係事業者数は 7,788 社である. 現在の IT 時流にのり, インターネットを利用した製品紹介や販売を行う事業者も多い. このネットビジネスとしての成果は別として, 若い事業者を始めとして IT 利用により何らかの試みを行う事も多くなってきている. 大手メーカーにおいては, CAD 及び3D モデリングツールやペイントツール等を駆使するデジタルデザインの導入も定着してきている. が, しかしそれらの効果は, 数字的に飛躍的効果を生み出しているとは言えない. 現在は, 製品単価が高い自動車産業のような徹底した生産効率を追及した業界においても新製品開発プロセスの考え方を見直さなければならない時期に対し, 製品単価が低い食器・建材製品を, 一世代前の同様な手段でなし得るとは考えにくい. 従い IT 化にそのものに抜本的な改革が必要である.
 ホテル食器等の古典的なシリーズ食器に類する形状はそのデザイン微妙なる部位が存在しても, 過去の経験により比較的基準化されたプロトタイピングが可能である. (ここで 「比較的」 と述べたのは, 形状プロトコルが存在しているからであり, ノウハウが汎用化されている意味では無い.)



 一方, デザイナーが新規性の高い形状を示した場合, 幾度にも型の複製を繰り返し焼成するプロセス, これまた何度もやり直し, トライアンドエラーによりプロトタイプを作成する. このプロセスが新製品開発における職人的部分であり, ノウハウに頼るプロセスである.
 陶磁器の表面は, 釉薬の調合により 「色・風合い・絵柄」 を決定し, 意図する 「焼き上がり」 を実現しなければならない. そこには, 色艶のほかに 「ぼかし・にじみ・たれ」 等の微妙な効果や, 貫入等の冷却温度による効果を含め, 比較的少数の発色元素から, 加熱時間や調合により驚くべく程多様多彩な 「質感=肌」 を生み出す技が凝縮されている. まさに工芸的なノウハウが必要なプロセスである. この 「形」 「肌」 の実現ノウハウが様々な背景により絶滅する可能性が高い.

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