黒 い 色

−株式会社トッパン・グループ総研受託研究 「色と光に関する研究」 より−

情報社会科学部教授 秋田 宗平

光と色

 光の無い或いは光の微弱なところに色はない. 黒はすべての光を吸収し, 光を発せず, 光の無いところに存在する. 夜明けや夕暮れに自然の色が刻々と変わる様を体験し, 光と色の密接な関係に気づく.
夕日に映え燃えるような茜色に輝く空は日が沈むにつれて黄金色に空を染めながら橙から紫に変わり, やがて太陽が消え去ると, 地上では緑色を最後に色が消え空は暗闇に包まれる. 星と月の光が花々や緑の木々を照らしそれらの姿を黒く浮き上がらせるが色はない. 朝がきて, 日が昇り世界は再び輝き色を取り戻す. その色の中に黒は光の影としてある.
 洋の東西を問わず最初に現れる色彩名称は赤, 青, 白, 黒に関するものであるが, これらは明暗の状態を指す言葉から転じたもの, 色彩物質の名からでたものとも言われている. ゲーテは 「純粋な白はあくまで光の代理であり, 純粋な黒は闇の代理である」 と言っている. ここで取り上げようとする黒は暗いことの 「昏 (くらし)」 から転じた呼称と言われる.

無彩色と有彩色

赤, 橙, 黄, 緑, 青, 藍, 紫と虹に見られる色をのみ色と呼ぶのであれば, 黒, 灰, 白は色ではない. しかし黒色という言葉があり, 黒も色である. 白も黒も色であるとゴッホはいっている. 色を二種類に分け, 虹の色を有彩色, 黒, 灰, 白を無彩色と呼ぶこともある.

黒の感覚

 無彩色の黒は光を感じない色である. 黒い紙の光の反射率は零に近い. 黒い液体の光は透過率が零に近い. このためいずれの場合も網膜を刺激する反射光や透過光のエネルギーの強さは零に近く, 網膜単一視細胞の光の感受性の最小限界を超えて小さい, すなわち光エネルギーの強さが光感覚域以下の場合に生じる感覚が黒なのである. このことは黒が光の物理的エネルギー零にだけ対応する感覚ではないことを意味している. 光感覚域に対応する物理的エネルギー値が感覚零に対応すると考えることが出来る.
光感覚域に関しては, その測定方法や基準の取り方は一定ではなく, また網膜の順応状態や測定光の波長特性, 大きさ, 露出時間などの測定条件によっても異なるほか, 個人間, 個人内変動も決して小さくない. さらに生体における感覚零はある特定条件下で操作的に定義された値であり, この意味において絶対尺度ではなく, 感覚尺度値なのである. 感覚絶対零があるとすれば絶対死であり無である. 感覚には絶対尺度は考えられないのである.

黒の知覚

 黒の見え方と言う視点から黒を考えると次のようになろう. 漆黒の塗りの机の黒を考えてみよう. その机の表面に見る黒は, 黒く光る鏡であり黒の中に例えば紅葉の鮮やかな彩りを映し出している. 鏡面のように光る色としての黒は, 彩りを黒の中に含ませて見せるのである. 黒は黒以外に何も感じさせてはならない感覚であるとすると, 光る黒は黒ではない. すべての光を, すべての色を感じさせない感覚が黒なのである. あるものすべてを吸い込んでしまった結果として黒色を概念的に理解することもできよう.

白と黒

 これに対して白はすべての光をすべての色を一様に含む色となる. 白も黒と同じく, その色以外にどのような色も感じさせてはならない感覚である. しかし白はすべての色を加えた反射, 透過光の結果生まれる感覚である点で黒とは相容れない概念である.
一方白の場合は加えた光の結果の送料は大から小までの連続量である. その程度によって白から灰, 黒と感覚的に変化する. ここでは加えた結果の光量が域値以下の場合に黒の感覚が生じる. 感覚量としての黒は光量の大小の連続尺度上では白と繋がり同一次元上での概念である. 白と黒を異なる次元での対立する概念とする理解は両者の感覚の質的性質の違いに基づくものと考えることが出来る.

色の三属性

 一般の色は, 色相, 明度及び彩度の色の三属性によって示されるのが常である. しかしこの三属性だけで表すことの出来るのは照明色だけである. 我々が日常見ている物体色は大きさ, 表面の肌理の細かさ, 光沢, などの属性を持ち, さらに時間的に変化したり, 空間的には単独で存在しているよりは, 他の色と共存して互いに影響を及ぼすなど, 物体色の表示は三属性だけでは十分でない.

対比による黒

 見ている色は周囲の色から影響を受け, 周囲の色は見ている色の影響を受けている. 実際に感じている色はこれらの相互関係の結果であり, 単独で見る色とは異なる. 例えば, 同じ反射率の黒い紙であっても, その黒さは背景によって異なって感じられる.
これは背景との明るさ対比によって生じる感覚的な黒で, 物理的な黒と区別される. 物理的に黒は物体の光の反射率や透過率で定義され, どのように見えているかは問わないが, 感覚的な黒は生体の働きを基礎とする生理, 心理的な見えかたで現象的に定義される. 物理的には物体表面の分光反射特性が物体の色を表すが, 測定条件と実際に色を見ている条件では照明条件が異なる. さらに反射率数%の黒は白を背景として観察する時さらに黒く見える. 対比によって黒は単独の黒よりも黒く感覚されたのである.

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