スリット状の視野をもつロービジョン者の視対象の運動方向誤認

尾形 真樹 (日本福祉大学情報社会システム研究所客員研究所員)
(特定非営利活動法人 Tokyo Lighthouse 日本福祉大学 情報経営開発研究科修了生)

1/2ページ

1. はじめに
 眼鏡では矯正しきれない視機能の低下があるため,新聞を読んだり,街を歩くなど,日常生活を送るうえで必要となる行動に困難が生じている状態にある人を,ロービジョン (Low Vision) 者 (以下,LV 者) という (Faye, 1984).
視覚障害というと,一般には視機能が全く使えない全盲者を想像する.しかし実際には,視覚障害者の圧倒的多数は,なんらかの視機能を使うことができるLV 者である.
 LV 者のリハビリテーションでは,残存する視機能を有効活用することにより,個人が抱える日常の困難の改善が図られなくてはならない (小田ら, 1993).その場合,LV 者の視覚に関する医学的データや,さまざまな日常生活行動などの観察から,個人の見えにくさの正確な推定が強く求めらる.それは,見えにくさを理解することにより,LV 者個人に合わせた,より適切なリハビリテーションが可能となるからである.
 本研究は,特にスリット状に視野が残存する LV 者が,その視野上を通過する視対象を見た場合,その運動方向をどのように知覚するのかを検討し,得られた知見を LV 者のリハビリテーションにどのようにの応用すべきか,その方法を考察することを目的とする.本稿では,スリット視(狭い隙間を通してその背後を通過する対象を見ること) を使った LV 者のスリット状の残存視野再現実験,および実際の LV 者を被験者とした実験を行い,各実験において、視対象の運動方向の誤認の頻度とその傾向を検討した。

2. 実験
2-1 LV 者のスリット状の残存視野再現実験

 被験者は,視覚正常者3名(平均年齢 22±3.46 歳であった.実験は右眼のみで行い,左眼は遮蔽した.被験者の右眼視力は平均 1.0 であった.被験者は,さまざまな視野位置の各部位に,種々の方位で呈示されたスリットの背後を通過する視対象 (ランダムドットパターン) を観察し,その運動方向を 8 方向 (上下左右,斜め 45 度× 4) のいずれかで応えた.その結果,刺激呈示位置が視野周辺部になるにしたがい,運動方向判断の正答率が低下すること (図 1),鼻側視野よりも耳側視野の方が,運動方向判断がより正確であること(図 2),スリットの長軸方向に運動する視対象の方向判断がより正確であること,物理的に斜めに運動する視対象の方向判断に誤認が生じやすいこと,スリットの長軸に対して斜め方向に運動する視対象の運動方向は,スリットの長軸側にシフトして知覚されやすいこと (図 3) がわかった.

図2 鼻側−耳側間における
         運動方向判断正答率の差

縦長の長方形のスリットを呈示した実験において,鼻側−耳側間の運動方向判断の正答率の差を検討するため,同一偏心度ごとに耳側の正答率から鼻側の正答率を減じた結果を示した.

 

図1 各刺激提示位置における運動方向判断正答率

(a)縦長の長方形のスリットを呈示
スリットは、中心(0度),中心から水平に10度間隔で,鼻側10度から50度,耳側10度から70度のいずれかの位置に呈示した.
(b)右に45度傾いたスリットを呈示
スリットは,中心(0度),右斜め下方向に10度間隔で,耳側10度から60度いずれかの位置に呈示した。
(c)コントロール
右に45度傾いたスリット((b)と同様)を,(a)のスリット呈示位置のうち,中心(0度),耳側のみに呈示した。

 

 

 

←前の研究報告へ

図3 運動方向判断の偏向

破線矢印は,視対象の実際の運動方向(物理的運動方向)を,実線矢印は,被験者によって知覚された運動方向を示す.また,実線矢印の長さは,被験者の運動方向判断の一見せいの程度を示す.実線矢印が長いほどに,被験者の運動方向の知覚に一貫性がある.(a)縦長の長方形のスリットを呈示 (b)右に45度傾いたスリットを呈示 (c)コントロール


Copyright(C):2006, The Research Institute of System Sciences, Nihon Fukushi University