1.はじめに
近年、聴覚障害者が高等教育を受ける機会が増加してきており、それに伴い大学の講義においても聴覚障害者への情報保障の配慮が求められるようになってきている。日本福祉大学においても、47名の聴覚障害者が在籍しており、178名のボランティアが、主としてノートテイクにより、聴覚障害者のサポートを行っている(2002年度実績、障害学生支援センターへの登録状況による)。通常ノートテイクでは、1名の聴覚障害学生に対し2名のテイカーが配置され、テイカーが交互に話者(講師)の発言内容を筆記することにより、聴覚障害学生に対し情報を提示する(図1)。したがって、同一の講義を複数の聴覚障害学生が受講する場合には、聴覚障害学生数の2倍のテイカーが必要となることとなり、多くの聴覚障害学生が受講する可能性がある大規模な講義においては、配置できるテイカーが不足し、情報保障を受けられない学生が出てくる可能性がある。
そこで、ノートテイクに変わる情報保障の手段として、パソコンを用いた要約筆記(PCテイク)が用いられることが多くなってきている(図2)。日本福祉大学情報社会科学部においても、PCテイクの効果を検討するために、2002年度よりPCテイクを用いた講義中の情報保障を試験的に行っている。試験実施の結果、PCテイクには、1)1組のテイカーにより複数の聴覚障害者に情報提供が可能、2)テイク速度が速く提示できる情報量が多い、3)テイカーの疲労が少ない、等のメリットがあるが、反面1)文字にしにくい情報の伝達が困難、2)図表等を交えた柔軟な情報提供が不可能、3)誤入力が生じる等のデメリットが存在することが分かった。そこで、PCの画面にスタイラスペンにより直接手書き文字や図等を記入することができるタブレットPCを用いて、上記のPCテイクのデメリットを緩和することを試みた。本報告では、タブレットPCを用いたノートテイクシステムの概要と、開発システムを用いた評価実験の結果について述べる。
2.タブレットPCを用いたノートテイクシステム
上述の目的を達成するために、キーボードによる文字入力(主入力)とタブレットによる手書き入力(補助入力)が同時に実施・閲覧可能なノートテイクシステムを開発した。具体的には、通常のノートPCとタブレットPCとをネットワーク接続し、両PCの画面をネットワークミーティングソフト(ネットミーティング、マイクロソフト社製)を用いて共有することにより、ノートPCを用いて行われる通常のPCテイク(キーボードを用いた話者の発言の要約筆記)上に、タブレットPCを用いた手書き入力を重ねて提示した(図3)。また、この目的のために、タブレットPC上になされた手書き入力を、他のウィンドウ画面(この場合はキーボードによるテイク画面)の上に重畳して表示可能なソフトウェアを開発した。主入力および補助入力の内容は、タブレットPC
上に集約され、モニタ出力分配器を介して聴覚障害学生の手元に置かれたモニタに出力された。
本開発システムを用いたノートテイクに際しては、同時に2名のテイカーが入力を担当した。主入力担当者は、話者の発言内容(講義内容)を出来るだけすばやく、講義内容の進捗から遅れないようにキーボード入力することが求められた。補助入力担当者は、主入力の間違い(タイプミス、変換間違い、入力漏れ等)を修正するとともに、主入力では記述の困難な情報(図表の挿入、下線付与による強調等)の補助的な入力を行うことが求められた。図4にタブレットPCを用いたノートテイクシステムによってテイクされた講義内容の1例を示す。