中国の国民生活における情報化の進展状況とそのインパクト

−北京市民の生活の情報化に関するアンケート調査より−
近藤  悟 (情報社会科学部教授)

1 . はじめに
 今日, 世界の多くの国において IT 革命に対する期待が高くなっている. この世界的な情報化の動きに関して注目すべき一つの点は, 情報化を国家戦略として進めている国が工業化の進んだ先進国だけではなく, 工業化が発展途上の国の中にもみられるという点である.
 このような動きは, 情報化に関わる国際比較という枠組みにおいて, 互いに関連する次のような関心課題を提起している. 情報化を国家戦略として進めている工業化が発展途上の国では, 情報化がどのような背景のもとでどのように展開されており, 今後どのように進展していくと予想されるのか. そして, これまでの国の発展の軌跡や社会的文化的背景等の違いから, 工業先進国と比較して情報化の進展の道筋やその社会に及ぼすインパクトには何か違いがありうるのか. さらには, 技術革新を背景とした工業化から情報化という技術文明の発展シナリオとは異なる新たな発展シナリオの可能性はありうるのか.
 本研究は, このような関心のもとに, 工業化が発展途上の段階にある中で情報化を国家戦略として積極的に推進してきている中国を対象に, 特に国民生活の情報化の視点から, 情報化の進展の動向とそのインパクトの実態の一端を北京市区でのアンケート調査を通じて実証的に明らかにすることを試みた.

  2 . アンケート調査の実施概要

  1. 対象地域:北京市区の全区 (8 区)
  2. 実施時期:2000 年 9 月
  3. 対象世帯:抽出世帯総数 320 世帯 (各区毎に 40 世帯を無作為抽出), 有効回答票総数 257 票 (回収率 80.3%)
  4. 調査方法:留置法
  5. 調査項目:
    (1)情報通信機器・ネットワークの利用状況情報通信機器の所有状況, 情報通信ネットワークへの加入状況, 情報入手やコミュニケーションの主な手段, 具体的な利用状況 (利用の目的・用途, 利用頻度とその変化動向, 利用場所, 利用サービス・情報, 家計での支出金額, 等), 等
    (2)情報通信機器・ネットワーク利用の将来展望情報通信機器の所有や情報通信ネットワークへの加入の今後の意向, 利用したいサービス内容, 利用していない理由, 等

    (3) 情報化のインパクト
    生活時間, 生活行動・意識, 今後の中国社会の課題へのインパクト

 




3 . 北京市民の生活における情報化の進展シナリオ
 情報通信分野のデジタル化が進展してきている中で, 情報化の進展を分析する際の一つの指標として生活における情報のデジタル化の進展の程度が挙げられている. ここでは, その視点から北京市民の生活における情報化の進展過程について把握を試みた. 具体的には世帯における情報通信機器の所有と情報通信ネットワークへの加入の推移 (3 年前, 現在, 今後) の調査結果に基づいて日本との比較も加えて分析した. なお, 「現在」 は調査時点を指している. 主な調査結果は次のとおりである.

  1. 「現在」 の世帯所有率の高い情報通信機器は, テレビ, 住宅用電話, カメラ, VTR 等であり, また加入世帯率の高い情報通信ネットワークは, 住宅用電話回線, 有線テレビ等である. 情報化は主にアナログ情報の増加として進展している.
  2. 最近 3 年間で世帯所有率が急増している情報通信機器は, 移動電話, パソコン, DVD プレーヤー等であり, また加入世帯率が急増している情報通信ネットワークは, 移動電話とインターネットである. デジタル情報が急速に増加してきている.
  3. 「現在」, パソコンや DVD プレーヤーの世帯所有率, インターネットの世帯加入率は, すでに日本と変わらない水準にまで急増している. 特にインターネットについては, その世帯加入率が 「3 年前」 の 15 倍を超えており, 急速な普及状況が特記される.
  4. 今後特に所有したい情報通信機器は, パソコン, 移動電話, DVD プレーヤー等であり, また今後特に加入したい情報通信ネットワークは, 移動電話, インターネット等である. デジタル情報は今後さらに増加していく可能性がある.
  5. 今後, DVD プレーヤー, デジタルカメラ, デジタルビデオカメラ等の世帯所有率が高くなると予想される一方で, VTR, カメラ, ビデオカメラの世帯所有率の増加も続く可能性がある.

  以上の結果より, 北京市民の生活の情報化については, その進展プロセスの面では日本とは必ずしも同じでないといえよう. すなわち, 北京市区での生活の情報化はアナログ情報の増加が先行的に進展してきているが, その進展の過程においてデジタル情報も同時的に急速に増加してきており, アナログ情報の利用時代からデシダル情報の利用時代へというような時代変遷的な進展プロセスを必ずしも辿ろうとはしていない.

 

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