36℃の言葉。あなたの体温を伝えてほしい。 2011年度 日本福祉大学
第9回 高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集
学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 人とのふれあい
第2分野 あなたにとって家族とは?
第3分野 わたしが暮らすまち
第4分野 社会のなかの「どうして?」
学校賞
 
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入賞者発表
第1分野  人とのふれあい
審査員特別賞 夏のおじいさん
清心女子高等学校 3年 土居 萌子

 去年の夏の日。切符売り場で財布を取り出したときことだった。
 私の後ろでカツン、カツンという不規則な音がした。振り返ってみるとそこには白い杖をついた、おじいさんがいた。おじいさんは点字を読みながら、私の隣で切符を買っていた。
 大丈夫かな。私は横で、おじいさんを見守っていた。本当は、声をかければよかったのかもしれない。でもその時の私は恥ずかしくて、そうすることができなかった。
 結局何もできないまま、おじいさんは去っていった。声をかけるのをためらったはずなのに、なぜか何もできなかった自分の方が恥ずかしいことに気がついた。
 私も切符を買って、駅のホームへと向かおうとした。そのときだった。私の目に、おじいさんの財布が飛び込んできた。
 「これ、さっきのおじいちゃんの」私は財布を掴んで走り出し、おじいさんに話しかけた。
 「あの、財布忘れてませんか。」
 急いだせいで、上手く話せていなかったかもしれない。するとおじいさんは驚いた顔をして「すみません、ありがとうございます。」と言ってくれた。
 私が財布を渡すと、おじいさんは財布から何かを取り出して指で撫でた。
 「すみませんね、お金よりも、わしはこっちのが大切なんじゃ。」
 おじいさんが取り出したのは、一枚の写真だった。そこには、おじいさんと何人かの子供達、そしておばあさんが写っていた。
 目が見えないのに写真? 私は正直そう思った。それでも写真を撫でるおじいさんの顔はとても優しくて、少しだけ泣きそうに見えた。
 「今は離れて暮らしとるけど、大切な家族なんじゃよ。無くさんで、よかったよかった。ありがとうな。」
 「ありがとう。」それだけの言葉が嬉しかった。そして、ほんの少しだけ自分が誇らしく思えた。おじいさんの思い出を守る手伝いができた気がした。勇気を出してよかったと、今では心からそう思える。
 同じ夏が巡ってくる今年、どこかで会えたら。あの優しそうなおじいさんに、私の方からもありがとうを伝えたい。

講評

 財布の中に入っていた「写真」がとても効果的に使われています。「財布から何かを取り出して指で撫でた」という表現にリアリティが感じられて、その時の情景が目の前に浮かんできます。「写真に写っているおばあさんや子どもたちがどんなポーズで、どんな表情をしているんだろう?」と、想像がふくらんでいく作品です。内容が多く、表現するのが難しい題材ですが、短い文章量でよくまとめられていると思います。

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