雨が降り続いている。富山駅前はどんよりしていて、空気が重い。私は、雨の跳ね返りを気にしつつ、姉と待ち合わせをしていた。 十分待ってもまだこない。雨はだんだん強さを増す。少しイライラしていた。その時だ。 骨が折れているビニール傘に身を隠すように私に近づいて来る一人の男の人がいた。歳は30歳くらい。 私はどきどきして、その人を見ていた。 「あのう、家に帰りたいのですが、百十円足りません。貸していただけないでしょうか」。私は「はい」と答え何も考えることなく渡してしまった。その人は 「ありがとう。必ず返します」と言い去ってしまった。 私は、何か狐につままれたようでぼんやりしていた。すでに足はべたべただ。 姉に声を掛けられた瞬間「しまった」だまされてしまったと思った。 よく考えれば、見ず知らずの人がお金を返してくれるわけがない。 馬鹿な自分にいやけがさし、渡した百十円が百十万円に感じ、楽しい買い物になるはずが暗い一日となった。 家に帰って家族に慰められた。でも、心の中はもやもやしていて、二度と同じ事を繰り返さないと誓った。 そして、その後も私と姉は何回か富山駅で待ち合わせをした。いつも同じ場所で同じ時間。また、雨。 「あのう…」どこかで聞いた声。この前の男性だった。 「毎日この道を通り、あなたと会わないかと思っていました。この前はありがとう」と百十円を渡された時、夢を見ているのではないかと思った。 本当に信じられなかった。この男性は仕事の帰りに財布を落としてしまい困っていたとの事だった。 私の傘を覚えていてくれ、お金を返したいとずっと私を探していてくれた。 私はこの人の誠実さに心を打たれた。この世の中、信じられる事の方が少なく、疑う事が多い。 確かに私自身、反省する所はたくさんある。でも嬉しかった。 人間捨てたもんじゃない。いい人はいる。まじめな人もいる。 危ない世の中だけど、信じる事の大切さをもう一度感じてみたいと思う。
読みやすい文章で、読後に温かい気持ちになる作品です。 「だまされたんじゃないか」という気持ちからお金を返したいと思い、 ずっと作者を捜していた男性の誠実さに心を打たれるまでの心の動きが素直に表現されています。 審査員の評価のばらつきもなく、全員が高い評価を付けました。