求められる「歯止め規定」撤廃
2014年、日本は障害者権利条約を批准しました。したがって、国は、この条約が求める内容を遵守(じゅんしゅ)する必要があります。しかし、その実施状況は極めて限定的で、その結果として、22年には、国連障害者権利委員会から、93項目に及ぶ膨大な「総括所見」を突き付けられました。この「総括所見」を読み進めていくと、質の高い、年齢に適した、性と生殖に関する保健サービスと包括的性教育がすべての障害者に保障されるべきであるということが勧告されています。
子どもの障害の有無に関わらず、日本は性教育後進国としばしば言われます。とりわけ、障害のある子どもへの性教育は、根強い優生思想の影響や2000年代初頭に行われた保守系の政治家による性教育バッシングのターゲットが養護学校(現在の特別支援学校)であったことなどから、より一層の遅れをとっています。加えて、人と人との大切な「ふれあい」を奪ったり、恋愛を禁止したりするなど、もはや人権侵害とも言えるような「性教育もどき」も横行しています。そんな現状をふまえ、「性教育をしっかりと保障しなさい」と勧告されたわけですが、この勧告では、単なる「性教育」ではなく、「包括的性教育」という言葉が使われたことに着目する必要があります。
「包括的性教育」とは、ユネスコなどが共同文書として発行している「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づき、性や生殖に関する教育だけではなく、ジェンダー平等や性の多様性、自己決定能力などを含む人権尊重を基本とした性教育です。「人間関係」「暴力と安全確保」「セクシュアリティと性的行動」など八つのキーコンセプトに整理された、年齢段階ごとに積み上げていく膨大な学習内容が想定されています。
日本福祉大学教育・心理学部には、「思春期のセクシャリティ」という教養科目があり、包括的性教育の概要を学ぶことができますが、まだ、この包括的性教育という言葉は、学校の先生方にさえ、それほど浸透していないのが現実です。そして、この講義を受講した学生たちが口を揃えて言う言葉が、「なぜ、日本の学校では、これほど性教育が行われていないのか?」という疑問です。
その要因はさまざまですが、学習指導要領における「歯止め規定」の存在を見逃すことはできません。明確に「性交を扱ってはいけない」と書いてあるわけではないのですが、小学校5年生の理科と中学校3年生の保健の項目には、そのように解釈せざるを得ない文言が示されています。文部科学省は、「歯止め規定」があるからと言って教えてはいけないということではないと説明していますが、学校現場を委縮させる効果は絶大です。
現在、次の学習指導要領の検討が進められており、市民団体や日弁連などが、「歯止め規定」撤回を求める要請を出していますが、国の動きは鈍いようです。障害のある子どもも含むすべての子どもたちに、包括的性教育が届けられる社会の早期実現が求められています。
- ※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2026年6月1日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。