• コラム

結果より過程にある価値

結果より過程にある価値

遊びの中の学び

 サラサラの粘土の粉に水を加え、両手で混ぜると、ねちゃねちゃと音を立てながら手にまとわりつく。その感触を子どもたちはじっと見つめ、ほっぺたにつけたり、敷いているブルーシートに塗り広げたりしながら遊びに没入していく。これは、私が研究している造形素材の一つである「土粘土の粉遊び」の実践場面である。私は幼児の造形素材について研究する一方で、陶芸家として35年以上制作を続けてきた。研究者であり表現者でもある私にとって、粘土は研究対象であると同時に、作品を生み出すための素材でもある。

 粘土の粉の感触を味わい、泥んこになって遊ぶという一見すると単純に見える行為は、五感を使う遊びが減少しているいまの子どもたちにとって、極めて重要な経験である。私は、子どもが自ら探求できる造形素材とは何かを探るため、保育園や幼稚園で粘土遊びや泥んこ遊びの実践を重ねてきた。その中で気づいたのは、私自身の陶芸制作と子どもの粘土遊びが、驚くほど同じアプローチで成り立っているということである。素材に触れ、変化を観察し、試し、失敗し、また試す。結果よりも過程に価値が宿り、身体と素材の対話が思考を生む。このやりとりは、陶芸家の制作過程と幼児の遊びに共通している。

 私はこの共通性を捉えるために、造形教育の領域で注目されるアートベースリサーチ(Art Based Research:ABR)を研究方法として用いている。ABRは、言語化や数値化に頼らず、つくる・描くという行為そのものに宿る思考や感情の動きを捉える方法である。その方法から見出す「質的知性の生成」とは、まさに制作行為と観察の往還から生まれる知であり、陶芸制作にも幼児の造形にも共通する。私自身、作品を作り上げていく過程で、土と対話するかのように、つくりたい形やあらわしたい色はどれかを探りながら手を動かしている。時にそのうまくいかないことを楽しみながらつくり続けている。

 ABRの特徴は、対象者だけでなく研究者や保育者自身もつくる・描く過程を経験し、その身体性を通して対象を理解する点にある。保育者が「遊びは学び」を深く理解するためには、まず自らが遊びにまみれ、素材と向き合う経験を持つことが不可欠である。そうすることで、子どもの「やりたい」「こうしたい」という思いを、表現の中から読み取る力が育まれる。

 保育・幼児教育の現場では、いまだに「できた、できない」の結果にこだわってしまう場面に出会うことがある。しかし子どもたちはいまだ成長の過程を生きているのであって、視点はそこではない。子どもたちそれぞれが、ザリガニを捕まえたり、折り紙に夢中になったり、三つ編みを教えあったりする。そのなんでもない遊びの中にも、確かな学びが存在する。子どもの育ちはでこぼこであり、その多様性こそが価値である。数値化できない学びを捉える方法として、ABRは大きな可能性を持つ。

 私は、無駄に見える遊びの中にこそ新たな気づきの芽があると信じ、日々子どもや粘土に向き合っている。

emurakazuhiko.jpg
Profile

江村和彦 教育・心理学部教授

  • ※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2026年5月14日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

この記事をシェアする

一覧へ戻る

企業・メディアの方々へ

本サイトに掲載された記事について、執筆者である本学教員への取材および、記事の使用、リンクのご要望、情報提供のご要望などのお問い合わせは下記までご連絡ください。

nfu-contact@ml.n-fukushi.ac.jp

日本福祉大学 学園広報室 0569-87-2212
営業時間 9:30~17:00(土日、祝日を除く)

関連する記事