情報の透明性が変える観光の形
高齢化社会の進展や共生意識の醸成を受け、障害者や高齢者の旅行意欲は高まりつつある。しかし、建築学の知見から現状を俯瞰(ふかん)すると、ハード面の整備状況と利用者のニーズには依然として大きな隔たりがある。車椅子ユーザーや介助が必要な方の多くは、今なお「行きたい宿」ではなく「泊まれたことのある宿」を選ばざるを得ない。特定のホテルチェーンのリピート傾向が強いのは、未知の施設に対する不安が払拭できないからである。
選択肢が増えない背景には、制度と運営上の矛盾がある。バリアフリー法により、一定規模以上の新築・増築施設には基準適合の義務があり専用客室が設けられている。しかし、宿側は「完璧な対応」を求めるクレームを恐れるあまり、情報公開を控える傾向がある(2022年の公表率35%)。また、法の対象外である小規模旅館や民宿では、魅力的な空間がありながら、整備の不十分さを理由に情報を最初から閉ざしてしまう。このことが、宿と客双方のミスマッチを生んでいる。
この課題を打破するため二つのパラダイムシフトを提唱したい。一つは情報の質の転換だ。すなわち、従来の「バリアフリー対応」といった言葉による情報から、客室通路幅や段差、手すりの位置など「ありのまま」を可視化できるようにすることである。利用者が自分の身体状況に照らし、事前に納得した上で予約すれば不満は回避できる。二つ目は、ハードの完璧さを求めすぎないことである。大規模な改修工事を行わずとも、ソフトの工夫次第で宿泊可能なケースは多々ある。
こうした知見を社会実装する試みとして、(一社)バリアフリー総合研究所と共同研究により開発に携わったのが宿泊情報プラットフォーム「IKKEL」であり、国内108施設(2026年4月現在)の詳細なアクセシビリティ情報を公開している。最大の特徴は、3D映像による客室内探索だ。画面上で空間を自由に移動し、車椅子の回転スペースやベッドの高さをミリ単位の感覚で確認できる。「できること、できないこと」を等身大に伝える透明性こそが、安心感という最大のサービスにつながる。
また、基準を完全に満たしていなくとも、障害の程度によっては十分宿泊できる。例えば、家具の配置変更やリモコン設置場所への配慮といった「スタッフによる少しの工夫」で、困り事の約6割は解決するという調査結果もある。事前に利用者の状況を共有することで宿側も適切な接遇が可能になり、ソフト面がハードの限界を補完できる。
観光資源豊かな東海地区において、多様なニーズに応える宿の増加は、地域経済の活性化につながる。今秋にはアジアパラ競技大会も控えている。完璧な改修ばかりが正解ではない。今ある資源をそのまま伝えることが、誰もが自由に旅を楽しめる社会への確かな一歩となる。
IKKEL - バリアフリーな宿泊施設の情報サイト
- ※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2026年4月16日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。