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2-2 LV者の視対象の運動方向誤認の傾向
 被験者は,LV者 1 名 (年齢 28 歳) であった.視力は右眼 0 (完全失明),左眼 0.08 であった.したがって,実験は左眼のみで行った.また,Humphrey視野計 (Humphrey field analyzer) により測定された,本被験者の視野測定結果を図 4 に示した.本被験者の視野は,中心から左斜め下方向に 10 度離れた位置に,ほぼ縦長の長方形に近い状態で残存することが確認できた.
 本被験者は,残存視野上を横切る視対象を観察し,その視対象の運動方向を2-1 に示した実験と同様に 8 方向のいずれかで応えた.その結果,各方向に運動する視対象の方向判断の正答率の平均値は 75% であった.また,LV 者は,視対象が上方,下方,斜め方向に運動する場合には,残存視野の長軸側にその運動方向がシフトして知覚されやすいことがわかった (図 5).左方,右方に視対象が運動する場合には,その正答率はそれぞれ 100% であった.

2-3 視覚正常者とLV者における運動方向誤認の頻度と傾向の比較
 視覚正常者,L V者,両被験者の運動方向誤認の頻度を,同程度の視野部位において比較すると,LV 者においてその頻度がより多いことがわかった.また,両被験者には,視対象の運動方向がそれぞれの視野の長軸側にシフトして知覚されやすいという,誤認の傾向の共通性が見られた.以上のことから,スリット視が視覚正常者の視対象の運動方向判断に及ぼす影響と同等の影響が,スリット状の視野をもつ LV 者の残存視野においても成立することがわかった.視覚正常者におけるスリット視による LV 者の視野再現は,LV 者の残存視野のシミュレーションとなり得る可能性がある.

 

3. リハビリテーションへの応用
 上述の結果から,スリット状の視野をもつLV者に対してリハビリテーションを行う際には,以下の点に留意する必要がある.
1) スリット状の視野が視野周辺部に残存する LV 者は,障害物などの物体の運動方向を誤認しやすい
2) その残存視野が鼻側に存在する LV 者では,誤認の頻度がより高くなる
3) スリット状の視野上を横切る物体の運動方向は,その視野の長軸側にシフトして知覚されやすい
 以上のことから,スリット状の視野をもつ LV 者は,障害物の運動方向を誤認しやすく,障害物に衝突する可能性も高くなると考えられる.そのため,たとえばリハビリテーションにおける移動の訓練に際しては,訓練対象となる LV 者の視野位置や視野形状から,視野上を横切る物体の運動方向を誤認する場合の傾向を考察し,より慎重に外部環境を判断するように指導しなければならない.

4. 今後の課題
 本研究では,LV 者の実験データを 1 名分のみを得ることができた.今後さらに LV 者の運動視機能を分析し,その分析をより確かなものにするためにも,そのデータの蓄積数の増加を図る.視覚正常者において,スリット視による LV 者の視野再現が,LV 者の運動視機能を知る一手段としての可能性が示された.そのため,スリット視を使い,さまざまなスリット形状の視野を再現し,各視野形状における視対象の運動方向の誤認の傾向を継続的に調査し,LV 者の視機能をより正確に推定することが,今後の大きな課題である.また,実際のリハビリテーションの現場においても,本研究で得られた知見を活用し,障害物回避などのLV者の移動障害克服に関する具体的解決策を,今後も提案していきたいと考える.

文献
Faye E. E. Clinical low vision (2nd ed.). Little Brown, 1984.
小田浩一, 中野泰志. 弱視者の知覚・認知的困難, 鳥居修晃(編) 視覚障害と認知. 財団法人放送大学教育振興会, 52-61 1993.

 

 


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