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図5 評価実験場面 
実際の講義において行われた評価実験風景
左図前列がテイカー,後列が聴覚障害学生

3.評価実験
 評価実験の概要
 タブレットPCを用いたノートテイクシステムの実効性を検討するために、実際の講義場面での開発システムの評価実験を行った。評価実験には、日常的にPCテイク(通常のPCテイク)によって講義を受講している聴覚障害学生と、PCテイクによる情報保障の豊富な経験を有するテイカーが参加した。評価実験は、聴覚障害学生が履修している講義において行われた(図5)。
 情報機器を用いた聴覚障害者への情報保障の可能性を検討するために、本評価実験においては以下にあげる6種類のテイク方法を試みた。

 1)キーボード入力+
         手書き入力(「キーボード」)
  キーボード入力上にタブレットによる補助入力を重ねて提示する方式
  (前章で述べた方式;図4).

 2)プレゼンテーション資料+手書き入力      (「プレゼンテーション」)
  講義資料として講義室演壇のスクリーンに提示されるプレゼンテーション資料をノートテイクシステムに取り込み、その上に手書き補助入力を行う方式(図6)。

 3)タブレット手書き入力(「タブレット」)
  タブレットPCに講義内容を直接手書き文字で記入する方式。

 4)デジタイザ手書き入力(「デジタイザ」)
  レポート用紙に手書き入力した文字情報をPCにデジタル情報として転送するデジタイザ(コクヨ製)を利用し、手書き文字を聴覚障害学生の手元のモニタに提示する方式。
 3)4)の方式は、テイカー側から見ると通常の紙媒体を用いたノートテイクと同質であり、キーボード操作が苦手なテイカーにとっても違和感なくテイクに参加でき、かつ一組のテイカーで複数の聴覚障害学生のサポートが出来るという利点を持つ。

 5)通常PCテイク(「PCテイク」)
  通常のキーボードによる文字入力のみの  PCテイク。

 聴覚障害学生は、各テイク方法による講義受講を終えた後、受講したテイクシステムの有効性に関する評定を、5段階評価で行った。評定項目は、1)講義内容の理解度、2)講義の雰囲気の理解度、3)講義内容の理解の容易性、4)情報提供のリアルタイム性、5)講義に集中することの容易さ、6)講義受講による疲労度、7)講義への主体的参加感、8)テイクシステム利用の面白さ、の8項目であった。

図6 「プレゼンテーション資料+手書き入力」の例
プレゼンテーション資料として前方スクリーンに提示される資料の上に手書き入力により講義内容を追記する。

 

結果
 図7に評価実験の結果を示す。講義の内容および雰囲気に対する理解度に関する評定では、「プレゼンテーション」が最も高く、ついで「PCテイク」の評価が高くなった。「キーボード」に対する評価は通常のPCテイクに対するものよりも低くかった。「プレゼンテーション」に対する高い評価は、講師が指し示す資料上に、講義の進行と同期して情報が書き加えられるため、情報提示のリアルタイム性が高く、また、その他のテイク方法の場合には、講師の発話内容をテイクした画面と、前方のスクリーンに提示されるプレゼンテーション資料の両方を見なければならないのに対し、「プレゼンテーション」のテイク方式では、その双方の情報を単一のモニタで認識可能であるため、集中して講義に臨むことが出来るためであると考えられる(実際に、リアルタイム性および集中の容易さに関する評定項目でも「プレゼンテーション」は高い評価を得ている)。それに対し、「キーボード」に対する評価が低くなった理由としては、通常のPCテイクでは2人のテイカーが交互に、または同時にキーボード入力することにより情報提示するのに対し、「キーボード」方式では一人が主入力(キーボード入力)、一人が補助入力(手書き入力)を担当しており、一人で担当するキーボード入力が遅れてしまった可能性が考えられる。そのため情報提示のリアルタイム性が低下してしまい(実際、「キーボード」のリアルタイム性に対する評価は最も低い)、講義内容の理解が困難になってしまったのであろう。今後、主入力二人+補助入力一人の体制でのテイク評価を行い、「キーボード」方式での効率的なテイクのあり方について検討を進める必要がある。また、「PCテイク」に対しては全般に比較的高い評価が得られている。このことに関しては、聴覚障害学生、テイカーとも、日常的な通常のPCテイクによる情報保障の経験を有しており、テイク方式に対する習熟により評価が引き上げられた可能性が考えられる。
 評価実験の後、テイカー、聴覚障害学生双方を交えたディブリーフィングを行った。その中で出たタブレットPCを用いたノートテイクシステムに関する代表的な意見を以下にあげる。

 聴覚障害学生の意見
■モニタが見にくい(目が疲れる)
■ 画面上の線幅が太すぎて見にくい
■モニタと前方スクリーンを同時に見なくてはならないのが大変
■ キーボード入力を行うテイカーが一人になると、情報提供のタイミングが遅くなる(複数同時キー入力が必要)

 テイカーの意見
■ キーボード入力は一人の方がやりやすい
■手書き入力で書いて欲しい内容を、事前に利用者に確認した方がよい
■ ペンが太く書きにくい
■ タブレットPCの持ち方が難しい
■ PCの操作手順が煩雑

4.まとめ
 今回、タブレットPCを用いた新しいノートテイクシステムを開発し、その実効性を実際の講義場面を用いて評価した。評価実験の結果、特に情報提示のリアルタイム性に関し問題点が指摘されたが、新しい情報保障のツールとしての一定の評価を得ることが出来た。今後は、指摘された問題点の改善を図ると同時に、タブレットPCという新しい情報メディアを活用した障害者支援のあり方を探っていきたい。


 

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図7 評価実験の結果
各テイク方式に対する聴覚障害学生の評定結果(5段階評価)を示す.
エラーバーは標準偏差

Copyright(C):2006, The Research Institute of System Sciences, Nihon Fukushi University