名称 |
村瀬帶梅の句碑 |
所在地 |
東海市横須賀町四の割 扇島神社 |
区分 |
句碑 |
詠者 |
村瀬帶梅 |
揮毫者 |
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建立者 |
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創立年月日 |
昭和55年3月 |
高さ |
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幅 |
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材質 |
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碑文 |
栗の穂に入まねかせん狐塚 |
意味・出典 |
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由来 |
村瀬帯梅(?−1826)は町方の人で、通称両口屋弥四郎といった。俳諧を久村暁台に学び『龍の登』などの編著がある。帯梅が、暮雨巷の三世を襲名したのは、暁台が京の家を焼かれた折に、横須賀連中の誘いを受けて一時帯梅の元に身を寄せていたことも背景にあったようである。帯梅の句は天明から文化・文政期における尾張俳書に散見されるが、蕉風復帰に東奔西走し暮雨巷を築いた師・暁台には残念ながら及ばなかった。 |
参考文献 |
愛知の文学碑p310全国文学碑総覧p563 |
備考 |
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交通 |