テーマⅤ採択校共催のシンポジウムを開催しました
本学は、平成28年度文部科学省「大学教育再生プログラム」(以下、AP)のテーマⅤ「卒業時における質保証の取組の強化」に採択され、学士課程教育の一層の実質化を図るべく様々な取組を展開しています。また、本学はテーマⅤの幹事校を務め、テーマⅤ採択校(本学含め19校)とともに、各校の取組がよりよいものとなるよう研究会等を行っています。
2019年12月22日(日)に本学東海キャンパス(愛知県東海市)にて、テーマⅤ採択校のシンポジウムを開催し、各採択校を始め、全国の高等教育機関や企業等から約110名が参加しました。今年度末にテーマⅤの取組への文部科学省助成事業が終了することを踏まえ、設定したシンポジウムテーマは「高等教育改革と卒業時の質保証」。これは、3年半に亘る取組を振り返り、卒業時の質保証の取組が社会の求める人材像の変化に対応した高等教育改革の根幹に係るものであることをあらためて示すことを意図したものです。そのため、第Ⅰ部で卒業時の質保証の取組に係る各校の成果やテーマV全体を通した総括と今後の課題を確認し、第Ⅱ部のパネルディスカッションで大学の現場における様々な教育に係る工夫や改革について豊富な事例を通して示す構成としました。
シンポジウムの第Ⅰ部は、テーマⅤ幹事校である本学の齋藤真左樹副学長の挨拶で開会し、続いて、東京外国語大学、東日本国際大学、大阪工業大学より、各校の取組成果について報告がなされました。
開会挨拶
日本福祉大学 副学長 齋藤 真左樹
取組成果報告①
東京外国語大学 世界言語社会教育センター
特任助教 布川 あゆみ 氏
東京外国語大学の布川あゆみ氏(世界言語社会教育センター特任助教)からは、「卒業時質保証の取り組み~ディプロマサプリメントの成果と課題~」と題し、取組の内容・課題が紹介されました。在学中に何を学び、卒業時にどのような知識・能力・技能を獲得できたか可視化するため、①ディプロマ・ポリシー達成度の客観的指標を「言語力」、「専門力」、「行動・発信力」を軸に構築し、②達成状況をeポートフォリオ「TUFS Record(たふれこ)」で可視化。③「たふれこ」で学生自ら学習を省察・評価する仕組みを作りつつ、④その累積情報から就職活動時に「学修活動履歴書」、卒業時に「ディプロマ・サプリメント」を発行します(2019年3月初発行)。客観的指標として、「言語力」ではCEFR(欧州言語共通参照枠)をベースにCEFR-Jという基準を設定、「専門力」では各科目へのAP科目コード付番など、可視化の基盤を整備。取組全体の鍵となる「たふれこ」には、「言語力」の学習歴・達成度、「専門力」に係る科目履修歴やGPAなど大学管理の情報を自動表示するとともに、インターンシップやボランティア、休学留学などの情報は学生自らが入力・管理します。学位記を補う「ディプロマ・サプリメント」は前者の大学管理情報で構成(日英2言語発行)し、「学修活動履歴書」には就活アピール等への活用を想定し企業ニーズの高い項目を中心に後者の学生自主記録情報も記載しています。これらの取組は、自身の言語力を客観的に把握した上での履修選択や、外部試験受験の動機付け向上などの成果につながっています。一方、卒業時の言語能力が最大とは限らない状況(2年次留学、3年次から異なる領域を学習など)、専攻言語間の能力到達度のバラつき(教員評価によるのか、言語特性によるのか?)など、今後の継続的課題も見えてきたとのこと。言語能力評価基準への意義申立制度の導入もはかるとともに、取組自体への学生・教員の一層の理解促進や持続的な運営体制構築など、他の採択校にも共通する課題に取り組んでいることが紹介されました。同校が、取組の体系的構築によって成果をあげ、課題も明らかになり、次の展望に向けて尽力していることが、布川氏の報告から明確に窺うことができました。
取組成果報告②
東日本国際大学 高等教育研究開発センター
副センター長 教授 関沢 和泉 氏
取組成果報告③
大阪工業大学 教育センター長
教授 椋平 淳 氏
続いて、東日本国際大学の関沢和泉氏(高等教育研究開発センター副センター長・教授)から、「何を《はかる》か―質保証の鍵」と題して、各授業へのICEモデル導入とそれにより見えてきたことを中心に報告が行われました。冒頭にまず、土地の測定単位を16人の足の長さを平均して定めた古いヨーロッパの絵を示し、テーマⅤの取組も「はかる」単位をどう定めるかが重要と問題を提起。さらにその「はかる」には、学修成果の測定・可視化という「測る」、外部評価など多様なステークホルダーに「議る」、ポートフォリオによる計画・振り返りの「図る」といった要素などがあり、その調和の大切さも提起されました。今回の報告の主題となるICEモデルは、カナダのクィーンズ大学で用いられているもので、ブルームの「タキソノミー」(学習目標をいくつかの領域・レベルに分けて整理)を簡略化し、学習到達目標の深まりをideas、connections、extensionsの3段階に分けて表したものです。同校では、それを「つかむ(要素的概念を把握する段階)」、「つなぐ(概念間の関係付け・階層付けができる段階)」、「つかう(それらを授業で学んでいない未知の状況に応用できる段階)」の3段階とし、各科目・授業の教育目標をこの質的3段階に書き換えた上で、ディプロマ・ポリシーに表現された各能力をそれぞれ結びつけてシラバスに埋め込んで配点しています(現在、全体の半数以上の授業に導入済。次年度目標は70%導入)。教育のPDCAサイクルを回すにあたっては、そもそも教育プログラムの現状(初期状態)が測定できている必要がありますが、ICEモデルを活用することで、各授業の中で学生に求めていながら明示的でなかった目標も明らかにされました。さらに、教育プログラムの学年進行にそって3段階の各要素がどのように配置されているかが可視化され、カリキュラムが一定構造化されていることも明確になりました。これによりカリキュラムの「穴」も見えてきたとのこと。今後のプログラム改善への展望も開けてきました。同校の取組は、全授業に測定の仕組みを埋め込み、各授業での測定結果を集積して全体を測定する形のアプローチです。その精緻な取組の今後のさらなる展開・発展が期待されます。
3つ目の報告では、大阪工業大学の椋平淳氏(教育センター長・教授)より、「大阪工業大学における質保証の取組について」と題し、実際の教育現場で学生・教職員が「汗をかいて」取り組んでいる内容が紹介されました。「建学の精神」が社会の近代化への現実的意思・目標を志向しており、改革には必ず社会的視点を組み込んで学生・教職員が一体となって対応。「単位=credit(信用)」を124単位以上集めた学生を安定的に社会に供給し、社会に信用される質保証を行うことで、大学教育は社会インフラになるとの基本姿勢がまず示されました。同校はディプロマ・ポリシー達成度向上にむけ、多様な取組の連動や科目間連携に努力してきましたが、中でも各科目のミニマム・リクワイアメント設定、ディプロマ・サプリメントシステムの構築・運用に取組の大きな特長があります。ミニマム・リクワイアメントは主に60点を合格基準とし、修得すべき最低限の「知識・技能」「思考力・判断力」「態度・姿勢」などの必要条件が全科目のシラバスに明記されています。これはAP事業採択に先立って出された教育質保証への学長方針(2016年3月)で提起されたもので、科目単位の質保証から進めていくボトムアップ型の取組といえます。ディプロマ・サプリメントシステムでは、表示項目を8項目に限定(学生は入力せず大学管理のデータを表示)。学科の平均値のみならず、全学生に達成してほしい“近い”目標(必達値)、可能ならば到達してほしい“遠い”目標(目標値)も示し、学生の意欲を刺激しています。前・後期の成績開示に合わせて学生はこのシステムを閲覧し、自己点検した内容を「修学指導記録票」に記し、紙ベースで提出。提出率も高く、学生が記入・記録するところは他大学におけるポートフォリオにあたるといえます。教職員も、IRの取組を通して可視化されたミニマム・リクワイアメント導入後の各科目の成績分布等のデータをもとに、評価の仕方の改善などに取り組んでいます。また、IRの取組は今後、就職・離籍といった全学的な対応にも活用されるとのことです。報告を通して、同校が「建学の精神」のもと、現実的目標に向かって着実に「汗をかいて」取り組んでいることを垣間見ることができました。
第Ⅰ部の最後に、テーマV幹事校である本学より中村信次 学長補佐(教授)が登壇し、事業採択以来の動きを振り返り、19校の取組に共通する方向性をテーマV全体の総括として示しつつ、今後の課題を提起しました。
テーマVの取組総括
日本福祉大学 学長補佐 教授 中村 信次
テーマVは「卒業時における質保証の取組の強化」を主題に、2016年度から2019年度の3年半に亘り、地域・規模・設置形態が異なる19校が多様な取組を展開してきました。キックオフシンポジウムを皮切りに、全国シンポジウムを今回含めて3回(内2回はテーマⅡと共催)、地域別研究会を7回開催し、幹事校として各校の取組を取りまとめるなかで、質保証に係る全体の方向性や各校の取組に共通する外形(アウトライン)が見えてきました。その柱の一つは、学生の学修成果・教育の成果の可視化です。学生の学修への取組のエビデンスを蓄積するポートフォリオを構築。個々の授業の成績評価のみならず準正課・課外活動も含めて集約し、教員が積極的に活用し学生の学修を促してきました。アセスメントポリシーや観点別GPAなど、学修・教育の体系的・客観的評価の確立にも各校が取り組み、学びの質保証という共通ゴールを目指しています。2つ目の柱は、学修成果・教育成果の対外的発信。ステークホルダーとコミュニケーションを図りつつ、ディプロマ・サプリメントの発行などで成果の可視化と発信を進めていることも19校共通です。3つ目の柱は、学生の学修活動を支援するプログラムへの各校の取組です。このように19校がそれぞれの状況に合わせて取組の成果をあげ、質保証に係る大きな流れが形成されてきたことが、3年半全体を通した総括と言えます。一方、今後の課題としては、取組の成果をいかに定着・発展させるかにあります。具体的にはディプロマ・サプリメントの一層の活用、「教学マネジメント指針」との整合性確保、大学間ネットワークの維持・発展、推進体制の確保などが課題です。また、学修成果の評価・アセスメントについてはさらに議論が必要です。学修・教育活動の評価手法の妥当性の保証や、成績評価が学生の何を表し卒業後の彼らの姿にどう係るかなど、論点は多々あります。このようにテーマV全体の総括と課題を確認した上で、今後も各校の連携・協働をお願いしつつ、第Ⅰ部を締めくくりました。
第Ⅱ部 パネルディスカッション
左から中江有里氏、中村信次(日本福祉大学)、神田直也氏(東北公益文科大学)、糸井重夫氏(松本大学松商短期大学部)、中島紀彦氏(セイコーエプソン株式会社)。
第Ⅱ部は、東海キャンパス1階のエントランスホールに会場をかえ、「社会の求める人材の変化と教育改革」と題し、パネルディスカッションを行いました。女優で作家の中江有里氏をコーディネータに迎え、APテーマⅤ採択校から本学の中村学長補佐、東北公益文科大学の神田直也氏(公益学部長、教授)、松本大学松商短期大学部の糸井重夫氏(学部長、教授)、企業からセイコーエプソン株式会社の中島紀彦氏(人事部長)の計4名をパネリストとして、各校の具体的な教育実践事例を動画で紹介しながら議論を進めました。本学からは東海市の児童館や半田市亀崎地域における学生たちの学修活動、留学生の普段の生活に触れる取組、東北公益文科大学からは地域における学生たちの長期学外学修の取組、松本大学松商短期大学部からはICTを活用した実践的な英語学修の取組を紹介。セイコーエプソン株式会社の中島氏からは、社会が求める人材育成(チームによる課題解決、実践的英語力など)に各校の取組は大変有効であり、企業側も必要な人材像を発信する必要があるとの意見が示されました。個々の教育実践・学修活動は、地域と連携した教育の取組、教育へのICT活用、学生の意欲を引き出す反転授業など、教育活動の改革・改善の事例としていずれも先進的かつ興味深い取組であり、質疑も大変活発に行われました。具体的事例の議論に引き込まれるうちに、これらの取組は社会が求める人材像の変化に呼応にしたものであり、テーマVが目指してきた「卒業時の質保証」の取組の基盤に深く係るものであることが自ずと明らかになる。そのような形で、テーマV全体の方向性と成果をさらに可視化する場となりました。なお、このパネルディスカッションは、NHKが取材し2020年2月15日(土)の14時よりEテレの1時間番組にて全国放映されます。テーマⅤ採択校が取り組んできた教育改革の成果をぜひご覧ください。