「コンニチハ。チョウシドウデスカ」 「こんにちは」 せまい山道をすれ違う。知らない人にでも自然とあいさつの言葉が出る。 登山部に入部した私は真新しい登山靴を身につけ、母と二人で山を登っていた。コースは熊野古道。全く人の気配の無い道をひたすら進む。その人を見かけたのは出発してから二時間程歩いた頃だった。 大きなリュックを背負った姿が次第に大きくなる。すれ違いざまに顔を見た。若い外国の女の人だった。彼女は一人だった。こんな田舎の山道に外国人がいることに驚いた。 道が険しかったこともあり、彼女には軽く頭を下げただけだった。彼女もまた、頭を下げてくれた。言葉を発していないのに、気持ちが通じ合った気がしたのは私だけだろうか。私と彼女は、生まれた国も違えば話す言葉も違う。もちろん、面識など一切ない。それなのに、すれ違いざまにお互いの体から手が出てきて、握手をかわしたような感覚。えもいわれぬ気持ちに、テンションがあがる。どんどん歩き進めるうちにも四、五人の外国人とすれ違った。 「ここって外国人ばっかやな」 「ほんまに。日本人何やっとんねん」 平たんな道になり、話をするよゆうが出てきた。そこから、ゴール地点までは出会う人に自分からあいさつをした。 見知らぬ国の見知らぬ人同士でも、同じ苦楽を共にした仲間のように思えた約四時間。片言の日本語と関西弁でかわした「こんにちは」。周りから見れば大したことでもないかもしれない。しかし、私にとっては初めての経験だった。 遥か遠い国々から来た人に向けておもてなしの心を込めて。 「こんにちは」 私の声が山に響いた。
このエッセイで一番心をひかれたのは、「すれ違いざまにお互いの体から手が出てきて、握手をかわしたような感覚」の一文です。この作者独自の表現が斬新で、多くの審査員の心をつかみました。 また、片言の日本語と関西弁のやりとりや、熊野古道という日本の古い歴史を感じる場所での外国人との会話というギャップの面白さも、この作品の魅力を高めています。作者とお母さんが山登りの約四時間を楽しく過ごした微笑ましい光景が、このエッセイの読者にも伝わってきます。