小学生の頃、友人と二人で家の近くを散歩していたとき、草むらから「ニャー」という小さな声が聞こえてきました。近づいてみると、ダンボールの中でタオルにくるまれた仔猫がいました。ぼくは、家がマンションだからペットは飼えないし、友達はすでに犬を飼っていたので、連れ帰ることができませんでした。ぼくたちは、飼ってくださる方を探すことにしました。 一軒目に訪ねた家は、優しそうな老夫婦がお住まいでした。事情を説明したのですが、残念ながら飼えないとのことでした。あきらめて次の家に向かおうとしたとき、「ちょっと待って」とおばあちゃんに呼び止められました。しばらく待っていると、お皿に入ったミルクを持ってきてくださいました。よほどお腹を空かしていたのかすごい勢いで飲んでしまいました。 二軒目で出てきてくださったのは若い女性でした。その女性には、生まれて間もない赤ちゃんがいたので、とても猫を飼える状態ではありませんでした。しかし、猫をくるんでいたタオルが濡れていたことに気づいた若い女性は、厚手の少し大きめのタオルを貸してくださり、さらに近所の知り合いで猫を飼いたいと言っていた人がいるということを教えてくださいました。そして、その猫は無事に三軒目のお宅に引きとっていただくことができました。 その時は、とにかく仔猫の飼い手が決まったことが嬉しくてたまりませんでした。しかし、今思い返すと、一軒目の老夫婦も、二軒目の若い女性も、急に訪ねたぼくたちの無礼をとがめることもせず、とても親切であたたかい対応で接してくださいました。このことは、地域の方々の優しさを感じることのできた貴重な体験になりました。ぼくは総社市に生まれて本当に良かったと思います。
「エッセイ」というよりは、「物語」として面白かったことが、審査員特別賞に選ばれた理由です。突然訪ねて、「猫を飼って欲しい」と言う作者たちと接する優しい人たちを描くことで、温かい心を持った人が住むまちに住む素晴らしさが伝わってきます。そんな空気感が伝わってきて、微笑ましい気持ちで読むことができました。