36℃の言葉。あなたの体温を伝えてほしい。 2012年度 日本福祉大学 第10回 高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集
学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 人とのふれあい
第2分野 あなたにとって家族とは?
第3分野 わたしが暮らすまち
第4分野 社会のなかの「どうして?」
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入賞者発表
第1分野  人とのふれあい
優秀賞 名前も知らないみなさんへ
学習院女子高等科 3年 久保 英恵

 毎朝七時三十分のバスに乗る。これが私の日課だ。
 私がこのバスに乗り始めて今年で六年目。私の定位置は乗り口のすぐ近く。だから乗ってくる人をいつも横目で眺めてきた。
 いつもの席に座る。そしていつもの顔ぶれが、停留所を過ぎるごとに乗ってくる。毎朝がこれのくり返し。私はその方達と喋ったことはないし、名前も知らない。でも停留所にバスが止まる度に、その方達が乗って来るかついつい気になり、乗車口を確認している自分がいる。いつもの顔ぶれの存在は私に安らぎを与え、いつの間にか大切な存在になっていた。
 いつものおなじみのメンバーは四月になり、突然姿を消すことがある。姿を消すたびに、「このバスを卒業したのだな」と心の中でそっと思う。
 ある日、一人のおばあちゃんの姿が消えた。彼女はいつも「お願いしまーす」と笑顔で運転手さんに挨拶していた。すごく元気で明るくてかわいらしい方だった。何日も彼女が乗って来ない日が続いた。心配だった。名前も知らないおばあちゃんのことが。
 いつも彼女が乗車していた停留所を通る度に、「今日もいないか…」と考える日々が続いた。それから何カ月かたった頃、「お願いしまーす」という声が聞こえた。それは以前よりもか細いものだった。脚を引きずりながらおばあちゃんが乗ってきた。私はうれしかった。しかし、同時に悲しくもあった。いつもの変わらない光景の中で、みな成長し、老いていたのだ。
 それまで私はこの五年間をとても短く感じていた。でもおばあちゃんの姿を見た時、五年前新しい制服に身を包んだ自分の姿を思い出した。五年間というのは長く、私もまた以前の自分とは変わったなと感じた。
 たとえ相手の名前を知らなくても、お互いのことを心の中できっと思いあえている。そう信じ、感じる日々である。
 今年の三月、私はこのバスを卒業します。

講評

 「人とのふれあい」というテーマの中で、直接の触れ合いではなく、自分の心の中で相手のことを気にかける視点が斬新で、その点が高く評価されました。自分が興味を持ったことしか見ない若者が多い中で、周りにもまなざしを向けて、何かを気に掛けることが、人とのふれあいの第一歩になるという作者の考えが伝わってきます。5年間の自分の成長と同じバスに乗る人たちの成長や変化をうまく取り入れた構成力も秀逸です。そして、難しい言葉を使わず、平凡な言葉を使いながら、きちんと読ませる文章力もいいですね。また、最後の1行が気が利いていて、エッセイをうまく締めくくっています。

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