日本福祉大学学長 加藤幸雄
1985年1月28日早朝、犀川大安寺橋で起きた本学スキーバス事故は、ご遺族や本学関係者だけではなく、多くの人にとって今も衝撃の記憶として刻まれています。現在在学するみなさんのほとんどは、生まれる以前の話であり、恐らくは「日本福祉大学の歴史」など後世に語り継がれた情報で知るところとなったと思います。
私も事故当時は大学に赴任していなかったので、市井の者として、その年8月に起きた御巣鷹山航空機事故とともに記憶にとどめていたにすぎません。しかし、1989年に赴任して以来、大半の年の1月28日は、ご遺族とともに現地で合掌をしてきました。
ごく限られた暖冬の年を除いては、現地のダム湖水には氷が張り、根雪に囲まれた慰霊碑近くは、凍てついた空気に包まれます。一瞬にして時間が止まった錯覚を覚えます。ご遺族の方も大学関係者も、独特の緊張に包まれます。何とも表現のしようのない重苦しい空気が、事故から何年を過ぎても蘇るのです。それだけ一人ひとりの死が重いということを改めて思い知るのです。
いまでは、1年ぶりに会うみなさんと思い出話やよもやま話に和気あいあいとした時間を持つことができます。しかし、何年たっても、現地の雰囲気だけは変わらないのです。「いのち」が失われては、「くらし」も「いきがい」もないのです。また、ご遺族の「くらし」も「いきがい」も変わってしまうのです。まだ20歳に届かない大学1年生の子どもが、ある日突然この世を去ることを考えてみてください。期待と夢をいだいていた我が子が目の前からいなくなる不条理を想像してみてください。
ご遺族にも高齢化が進んでいます。現地法要に行きたくても出られない方が増えています。仮に誰もが現地に来られなくなったとしても、大学は慰霊を続け、この事実を風化させません。福祉の原点である「いのち」を大切にするという思いを、二度とこの不幸を招かないという誓いとともに、くりかえし確認し続けていきたいと思います。
学生22名と付添いの体育教員1名の魂が宿った付属高校前のグランドの桜が、この春もあたたかい花を咲かせることを願い、今年もみなさんとともに合掌したいと思います。