ラオス焼畑地域における持続可能な環境資源管理をめざして−その2−

研究代表者:千頭 聡(情報社会科学部助教授)
共同研究者:河本順子(大阪大学大学院博士後期課程)
小蛹\子(情報・経営開発研究科研究生)

1 . はじめに
 森林の劣化が著しいラオス焼畑地域において, 森林の再生と持続可能な地域開発を進めていくことは, 環境資源の適切な管理の観点から見てきわめて重要である.
 焼畑が環境に及ぼす影響については, 長期の休閑期を挟んだいわゆる伝統的な焼畑が持つ持続可能性や文化的側面から, その生産システムを評価することもできる. しかし, インドシナ半島のように, 年間の半分以上にも達する乾期が存在する地方においては, 表土の流出と土壌の酸性化 (筆者の簡易測定では PH4 程度) が進んでいるため, 温帯地方や熱帯多雨林地方における焼畑システムと同等に議論することはできない. 焼畑は天候に依存した不安定な生産システムであり, ラオス等の土壌生産力の低い熱帯モンスーン地帯ではしばしば資源収奪型に陥る危険性を持っている. したがって, 焼畑が営まれている現場の土壌生産力や森林状況, 生活や社会文化様式の特性などを十分に踏まえた上で, 地域の自然・社会・文化システムに立脚して環境資源管理システムのあり方を議論していくことが重要である1).
 しかし, 焼畑地域の土地利用は, その地域の社会経済状況や農業等の生産システム, さらには土地の所有と利用に関わる権利問題など, 複雑な要因が絡み合っている.
 本研究は, ラオス人民民主共和国中部および北部の焼畑地域を対象として,土地利用の実態を把握するとともに, 土地利用に影響を及ぼしている社会経済状況を要因分析し, 土地利用のダイナミズムを明らかにすることを目的としている. 本稿では, 研究結果のうち, 環境資源の持続可能な利用と管理を支える社会システムとしての農村の状況と, 近年の土地・森林分配プロジェクトに基づく土地の利用状況について述べたい. なお, 本研究は, ラオス国ビエンチャン県農林業局およびルアンパバン県農林業局との共同研究の一部である.


図-1 インドシナ半島とラオス






図-2 対象地域(ヘリより撮影,1995年12月)

2 . 調査対象地域の概要
 本調査では, ラオス人民民主共和国のビエンチャン県ヴアンヴィエン郡・ヒンフープ郡, およびルアンパバン県シングン郡である.
 ビエンチャン県ヴアンヴィエン郡とヒンフープ郡は, 首都ビエンチャンから北に 130km から 170km 程度に位置する. 両郡の 8 割以上が, 1975 年に完成したナム・グム・ダムの集水域に位置している. このダムは, ラオス最大の発電所を有し, 隣国タイへ電力を輸出することにより, 貴重な外貨を稼いでいるが, 近年, 集水域での森林の劣化に伴う流域保水力の低下によってダム湖の貯水量低下が懸念されている. 郡内を, ラオス全土を縦断する幹線道路である国道 13 号線が通過しており, 近年, 農産物や水産物の流通, 中国からの物資輸送, 観光客の往来などによって, 急激に市場経済が浸透してきている. 一方, ルアンパバン県シングン郡は, ユネスコ世界遺産に指定されている古都ルアンパバンから南西に 30km から 50km ほど離れた地域である. 同じく国道 13 号線が中心地区を通過している. カーン川およびその支流のカン川に沿ってわずかに水田が分布しているものの, 地域のほとんどは, 標高 500m から 1000m の急峻な地形である. 航空写真などから判断すると, 郡内での森林率は 20%に満たないと推測される.
 いずれの地域でも, 主食である米は, ほとんどが焼畑 (slash and burn cultivation) によって生産されている. 焼畑による米 (モチ米) の生産量は, ヒヤリング結果によると, 1ha あたり 700kg から 1,500kg 程度であり, 投入労働力と比較すれば, 生存に必要な量をかろうじて確保している状況である. したがって, 生産性を向上させるための手段が講じられない限り, 焼畑農民の生活は常に生存ギリギリのレベルから脱することができない.


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