中国における私的経営者の社会的ネットワーク

情報社会科学部助教授 陳 立行

1. はじめに

 中国においては市場経済の進展に伴い, 私営企業が急速に発展してきた. 私営企業の発展はそれまでの国家と企業との関係, 企業と社会との関係等には大きな影響を与えた. 私的な経営者はこれからの中国社会の変動の実質的な担い手となっている. このような変化に対して日中社会学会の若手研究者は私的経営者の発生と発展, 彼等の価値意識と階級意識, 彼等と地域社会, さらに国家権力との関連などに焦点をあわせて 「中国の産業化と私的経営者層に関する研究」 という研究プロジェクトを提案した. 幸いこの提案は文部省の科学研究費の国際学術研究に採択され (研究代表者:愛媛大学法文学部教授中村則弘氏), 中国社会科学院の研究者と共同調査・共同研究の機会をいただいた. 本プロジェクトでは中国社会科学院の研究者と共同で平成9年2月と平成 10 年2月二回浙江省の温州, 陜西省の戸県, 江西省の豊城, 高安, 上高, 樟樹の4つの県にわたって, 32 社の私営企業とその企業の経営者に対して聞き取り調査を行い. また全国範囲で 2,000 社の私営企業に対するアンケート調査を実施した. 調査は私的経営者価値意識と階級意識, 私的経営者の社会的ネットワーク, 私的経営者の消費文化, 私営企業と地域社会, などを内容にしており, 筆者は私的経営者の社会的ネットワークの部分を担当しているが, アンケート調査の集計がまた完成されていないため定量分析ができない. したがって本稿は一応聞き取り調査の結果に基づいて書かれたものであることを明記しておく.


2. 私的経営者の社会的ネットワークの考察の意味

 中国の私的経営者の活動に対する考察しようとすれば, 彼等が活躍している市場の状態を重要な要素として見過ごしてはいけない. 現在中国の市場においては 「社会主義的特徴がある市場経済」 が動いている. 言い替えれば, 市場が計画経済から市場経済への転換期に当たって独特な政治的条件と社会的条件に制約され, 私的企業の経営に関わる諸分野の法律がまだ不備の状態にあると言ってもよい. 市場への参入に対して, 情報の流れ, 競争の平等, 機会の均等などが整備されていないので, 経営者としての資質を備えても, 私的経営者になれるとは限らない. したがって, 中国社会においてはどのような人が私的経営者になれるか, どのような企業が発展の可能性をもっているかということを解明しようとすれば, 社会的ネットワークを考察する必要がある.
 社会的ネットワークとは一つの平面的な網のようなものである. そのつながりが人間社会のすべての階級, 組織, 集団などの壁をつらぬくことができる. 個々の人が社会的ネットワークにおいては一つ一つの点として, つながりを通じてお互いに連結されている. 社会的ネットワークのつながりを通じて情報が流されているので, 個人のつながりの量と質によって, 流れてきた社会情報が異なっている. したがって, 個人が社会ネットワークにどのような接点を持つことかがその人の社会行為に大きな影響を与えることができる. この意味で制度的に都市と農村の隔離, 情報公開の制限, 機会と競争の不平等が存続している中国においては, 普通の人よりいちはやく富を築した私的経営者の創業と企業の発展の実態を考察しようとする場合, 社会的ネットワークの考察が重要な意味を持ってくる.



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