その日は忘れ物をして、授業で当てられても答えられなくて、友達ともうまくいかなくて、でもそれは全部自分のせいで…。よくわからないけれど腹が立って、悲しくて、とにかく疲れ果てていました。 地下鉄を降りると外はどしゃぶりでした。私は傘を持っていませんでしたが、そのまま駅を出て歩きました。「濡れてもいいや、どうにでもなれ」そんな気分でした。 「あのっ!」駅から十分程歩いた所でしょうか。夜道を歩くずぶ濡れの私は突然呼び止められました。驚いて振り向くと、そこには若くてきれいなおねえさんが立っていました。おねえさんは笑顔で、「私の家、すぐそこだから、よかったらこの傘使って?」と言いました。知らない人にそんなことを言われたのは初めてだったので、驚いた私は、「えっ、私大丈夫です、私も近いです大丈夫です」と、よくわからない断り方をしてしまいました。するとおねえさんは、私の目を真っ直ぐに見て、「この傘は返さなくていいから。また雨の日に困っている子がいたら、今度はあなたがこの傘を貸してあげて。ねっ?」と言い、笑顔で私にピンクの傘を握らせてくれました。温かい手でした。あまりにも優しいその言葉で、嬉しい顔と泣きそうな顔が混ざったようなおかしな表情になった私は、頭を下げてお礼を言い、傘を握って走って帰りました。腹立たしさも悲しさも、雨に濡れた寒さも、いつの間にか全部忘れていました。 数ヶ月後、また雨が降りました。私はおねえさんとの約束通り、小学生の女の子たちにピンクの傘を渡しました。女の子たちは笑顔でお礼を言い、三人で一つの傘に入って帰っていきました。その時もまた、私はほっこりとした温かい気持ちに包まれました。 あのピンクの傘は、今もどこかで誰かをほっこりさせているはずです。あの傘は、おねえさんの優しさがつまった、世界で一番すてきな傘だから。
傘を通して優しい心が伝わっていくこの作品に、感動しました。話のテンポが良く、会話も生き生きしていて、文章がとても上手です。特に「忘れ物をして、答えられなくて、うまくいかなくて、自分のせいで、腹が立って、悲しくて」と次々にたたみかけていく出だしの表現がいいリズム感を生み、若者らしい表現で好感が持てます。嫌なことがいくつも続いたあげく、その上雨も降ってきてしまった作者の思い通りにならない状況と後半の心温まるエピソードとの対比が作品に一層深みを与えています。